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Developers Summit 2026 セッションレポート

広木大地氏が語る「AIエージェント活用の最前線」、相対優位の競争に勝つためには

【20-B-1】なぜ、AIで生産性があがっていると錯覚してしまうのか?

ソフトウェア開発に存在する2つの複雑性──「本質的複雑性」と「偶有的複雑性」

 個人の体感速度と組織の生産性の間に生じる不一致のメカニズムについて、広木氏は3つの構造的な理由を挙げて詳細に解説を展開した。

 第1の理由は、先述したソフトウェア開発における「本質的複雑性」である。広木氏は、ソフトウェア工学の古典的論文であるフレデリック・ブルックスの『銀の弾丸などない』を引き合いに出し、開発の難しさを「偶有的複雑性」と「本質的複雑性」に切り分けて説明する。偶有的複雑性とは環境構築やバグの修正といった技術的な困難であり、ここをAIが劇的に効率化したことは疑いようのない事実だ。

 一方で本質的複雑性とは、解決すべきビジネス課題そのものの複雑さに加え、システムが人間社会の複雑な制度や慣習に同調しなければならない制約、そしてソフトウェアが常に機能変更の圧力に晒されるという逃れられない性質を指す。また、ソフトウェアは建築物のように目に見える形を持たない「不可視性」を持つため、関係者間で構造を直感的に共有しづらいという難しさも抱えている。

本質的複雑性と偶発的複雑性
本質的複雑性と偶発的複雑性

 広木氏はこの構造的な課題を、並列コンピューティング分野で知られる「アムダールの法則」を援用して解説した。アムダールの法則とは、システム全体の中で並列化(高速化)できない直列処理の割合が大きければ、いくら一部の処理を高速化してもシステム全体の性能向上には明確な上限があるという数理モデルである。

アムダ―ルの法則
アムダ―ルの法則

 AIによってコーディングなどの偶有的複雑性の部分が10倍速くなったとしても、全体に占める本質的複雑性(何を作るべきかの議論、ステークホルダーとの合意形成など、人間が直列で処理せざるを得ない部分)が30%残っていれば、全体の生産性は最大でも2.7倍程度にとどまってしまう。これが「作業は進むのに、期待したほど生産性が上がらない」という感覚の正体である。

 さらなる課題は、「消える生産性」という現象だ。これは広木氏が自身の著書でも提唱している概念であり、AIを用いた局所的な効率化によって生み出された余剰時間が、本来の価値創造に向けられることなく、組織の慣性によって無意味な仕事(ブルシット・ジョブ)に吸収されてしまうという深刻な現象を指す。コードの記述が速くなり時間に余裕ができたからといって、無駄に会議の参加者を増やして長時間の議論を行ったり、過剰な承認プロセスを追加したりしてしまえば、ミクロな個人の作業効率向上は、マクロな組織の業績向上には決して波及しない。

 実際の論文調査やテレメトリ分析においても、AIによってプルリクエスト数やタスク完了数は増加しているにもかかわらず、組織レベルでのデリバリー速度や品質指標の改善には直結していないというデータが示されている。ルーティンワークを自動化した結果、残された非定型で複雑な業務へのプレッシャーが増大し、かえって従業員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を誘発してしまう危険性すら存在するのである。

 これらの問題に対する技術的、プロセス的な解決策として、広木氏が提唱するのが「コンテキストエンジニアリング」の徹底と、自律性の高いワークフローの構築だ。

 現在のAI活用において人間が疲弊してしまう最大の理由は、AIエージェントの自律性が低く、数分おきに人間がマイクロマネジメントのように指示と確認を行わなければならない点にある。この認知負荷を解消するためには、AIを右も左も分からない新人ではなく、すでに文脈を理解した優秀なアシスタントとして扱うための環境整備が必要不可欠となる。

なぜ「AI疲れ」が起きるのか
なぜ「AI疲れ」が起きるのか

 具体的には、組織内の暗黙知や意思決定のルール、ドキュメントの形式などを徹底的に明文化し、AIにコンテキスト(前提条件や文脈)としてあらかじめ与える設計が求められる。AIがいちいち人間に確認を取らずとも、自律的に1時間、あるいは3時間と稼働し続けることができる環境を構築できれば、人間はその間に全く別の高度な判断やクリエイティブな作業を並列して行うことが可能になり、アムダールの法則における直列部分の割合を劇的に小さくすることができる。

 さらに一歩進んで、顧客インサイトの分析や改善仮説の立案といった、これまで人間にしかできないと思われていた本質的複雑性の解決プロセスそのものをAIに委譲し、ソフトウェアのワークフローとして組み込んでいくアプローチこそが、次世代の開発における最も重要な技術的挑戦として提示された。

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AI時代の競争は「相対優位」で決まる、その中で勝ち残るために必要なこととは?

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この記事の著者

中野 佑輔(編集部)(ナカノ ユウスケ)

 日本総合研究所を経て2025年よりCodeZine編集部所属。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

川又 眞(カワマタ シン)

インタビュー、ポートレート、商品撮影写真をWeb雑誌中心に活動。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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https://codezine.jp/article/detail/23664 2026/04/02 09:00

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