- 講演資料「経営と会計とエンジニアリング」
経営会議で「何を言っているか全然分からない」——VPoEとしての原体験
VPoEという立場になった当初、前田氏が一番辛かったのは経営会議で何が話されているのか皆目見当がつかなかったことだ。会社の月次財務情報シートを見ながら、事業部長やCOOがコミットする内容を1時間半聞いては終わるミーティングを3、4カ月繰り返した。
そして取締役陣から「皆が何を喋っているか分かっているか?」と問われ、正直に「全然分かっていません」と答えたところ、率直なフィードバックを受けた。「やばいな」と感じた前田氏は、そこから財務の学習を始めることになる。
この経験の背景には、EMやVPoEとして経営に関わり始めた多くのエンジニアが直面する「壁」がある。技術的な合理性を持った提案を経営陣に上げても、なぜか会話が噛み合わずに通らない——そんな原体験を持つ人は多いだろう。
前田氏自身も、「EC2基盤をECSのFargateに移行すれば、初期12人月・1200万円の投資で月額200万円のランニングコストが下がり、年間2400万円の改善・投資回収6カ月」という、数字も揃った合理的な提案が通らないケースを何度も経験してきた。問題は提案の中身ではない。「会社をマクロで見た時の正しさ」へと言語を揃えられていないことにある。
「よく『経営の言葉で喋りましょう』と言われますが、個々のミクロな技術投資の正しさを経営用語に訳すということではない」と前田氏は言う。会社や事業の状況をマクロに見た上で、投資の必要性を語ることこそが、EMが習得すべきスキルだ。その「マクロに見る」ための道具として前田氏が指し示すのが、財務の世界における「財務三表」だ。
「利益は意見、キャッシュは事実」——財務三表の中でキャッシュフローに注目すべき理由
財務三表とは、損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の3つだ。PLは1年間の売上・コスト・利益を示し「稼げているか」がわかる。BSはある時点の資産・負債・キャッシュの状態を示し「どのくらい経営に余裕があるか」がわかる。CFは現金の出入りを示す家計簿のようなものだ。前田氏がこの中で特にキャッシュフローに注目するのには理由がある。
「PLはどのように計上するかにルールや解釈の余地があり、会社の会計方針である程度調整できてしまう。しかし、キャッシュの流れは変えられない。家計簿が改ざんできないのと同じで、キャッシュこそが事実の一次情報だ」——これがファイナンスの世界でよく言われる「利益は意見、キャッシュは事実」の意味するところだ。
Amazonの事例は象徴的だ。2011〜2016年頃のAmazonは、PLを見ると純利益が赤字からトントン程度で利益率も低水準だった。「あまり儲かっていない会社」に映る。しかし営業キャッシュフローはこの時期に一貫して右肩上がりで増加していた。稼いだキャッシュをそのままAWS、物流網、Kindle・Echoなどへの投資に回していたため、PLに利益が残らなかっただけだ。
Amazonは赤字企業ではなく、「積極投資企業」だった。それはキャッシュを追って初めて見える。「企業価値とは将来生み出すキャッシュフローの総量」であり、それを最大化することが株式会社の本質的な目的だという考え方が、前田氏の技術戦略論の根底にある。
