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エンジニアの器 ~AI時代に、スキルの先にある成長~

エンジニアが「勝手に育つ時代」は終わった ~エンジニアを育ててきた装置はAIで壊れた~

柳川 慶太[著]


この連載では、AIの時代にエンジニアがどう育つのかを、全8回で考えていきます。第1回から第3回では、何が足りなくなったのか、器とは何か、器はどんな形をしているのかを考えます。第4回では、AIとの付き合い方に自分のパターンが出ることを書きます。第5回から第8回はどう変えるか、変わると何が見えるか、日々何をするか、進んでいるのかをどう確かめるか、の順に進みます。 第1回は、エンジニアが「勝手に育つ時代」はいかにして終わったのかを見ていきます。伸び悩んでいる方や、これからのキャリアに不安を抱いている方にぜひ読んでいただきたいです。

この連載について

 BASE株式会社で執行役員をしている柳川です。僕はエンジニアとしてキャリアを始めて、プロダクトを作り、チームを持ち、いまでは1つの事業を預かっています。

 会社の外では、「複眼道場」という場を主宰しています。これは、自分がどんなパターンで動いているのかを、診断ツールやセッション、交換日記を通して、一人ひとりと一緒に確かめていく場です。会社では組織の中で人が育つところを、道場では一人の人が自分を見直していくところを見てきました。この連載は、その両方の経験をもとに書いています。

 この連載では、AIの時代にエンジニアがどう育つのかを、全8回で考えていきます。

 8回の流れを先に書いておきます。第1回から第3回では、何が足りなくなったのか、器とは何か、器はどんな形をしているのかを考えます。第4回では、AIとの付き合い方に自分のパターンが出ることを書きます。第5回から第8回はどう変えるか、変わると何が見えるか、日々何をするか、進んでいるのかをどう確かめるか、の順に進みます。

 先に言っておくと、扱うのはスキルの話ではありません。AIツールの使い方の話でもありません。「器」の話です。「あの人は器が大きい」と言うときの、あの器です。

 なぜいま器なのか。それを説明するために、第1回は少し昔の話から始めます。

勝手に育っていた時間が消えた

 動かないコードの前で、夜を過ごしたことはありますか。

 エラーは出ない。ログにも何も残らない。書いたとおりに動くはずのものが、動かない。仮説を立てて、確認用のログを仕込んで、違う。次の仮説を立てて、また違う。コードを半分ずつ外して、どこで壊れているのかを絞っていく。環境のせいかもしれないと思って、作り直す。それでも動かない。時計を見ると、3時間たっている。

 原因が見つかるのは、たいてい明け方です。変数名の一文字違い。不等号の向き。こう動くはずだと思い込んでいた仕様の、読み違い。間違っていたのは、だいたい自分でした。力が抜けて、少し笑って、直して、帰ります。

 僕にも、そういう夜がありました。

 当時は、あの時間を訓練だと思ったことはありません。ただ困っていました。早く帰りたかったし、頼むから動いてくれと思っていました。

 あの夜に何が起きていたのかに気づいたのは、ずっとあとです。

 あの夜に直していたのは、コードだけではありませんでした。自分の思い込みも直していました。仮説を立てて、外れて、また立てて、「正しく書いたはずだ」という確信をひとつずつ疑って、自分が間違っているかもしれないと本気で考える。そういうことを何度も繰り返す時間が、技術とは別のものを育てていました。困っていた時間が、そのまま訓練になっていたんです。

 いま、この時間が若い世代から消えつつあります。

 AIが先に答えを出すからです。動かないコードを貼れば、数秒で原因の候補が返ってきます。しかも、だいたい当たっています。3時間の絞り込みも、明け方の脱力も、要りません。困る前に、答えが手元に届きます。

 考えてみると、あの時間は自分で選んで手に入れたものではありませんでした。答えがどこにもないから、仕方なく考えていました。ほかに道がないから、続けていました。意志が強かったから悩んでいたわけではありません。悩むしかない状況に置かれていただけです。だから、答えにすぐ手が届くようになれば、あの時間は消えます。誰かが怠けたからではなく、当然の結果として消えます。

 これは、いいことです。

 あの夜に戻りたいとは思いません。若い人に「お前も同じように苦しめ」と言うつもりもありません。理不尽な苦労は減ったほうがいいし、スキルが速く身につくこと自体には、悪いところがありません。

 ただ、ひとつ計算が合わない話があります。

 ミドルまでの時間は半分になり、シニアまでの時間は3倍かかる。

 僕は、いまの変化をそう見ています。一人前と呼ばれるところまでは、たしかに速くなりました。でも、その先に行くまでの時間はむしろ延びています。速くなったはずなのに、シニアまでの道のりは長くなっています。

 なぜ、こうなるのか。この連載は、その問いから始めます。

「何か足りない」と思う違和感の正体

 3年前の自分と比べてみてください。

 できることは、たぶん増えています。使える道具も増えたし、仕事も速くなったはずです。アウトプットの量も、おそらく質も上がっています。数字で見れば、ちゃんと成長しています。

 なのに、手応えはあまり変わっていません。

 引っかかる場所が、前とだいたい同じです。悩みの種類も変わりません。役割がひとつ上がっても、上がった先で似たような壁に当たります。周りからは「できる人」と見られていて、評価も悪くない。それでも、どこかで「何か足りない」と感じています。

 この感覚を言葉にすると、こうなります。

 できることは増えたのに、見える景色が変わらない。

 増えているのは本当です。でも、変わってはいません。「増える」と「変わる」のずれが、連載全体のテーマです。

 扱いにくいのは、何が足りないのかがわからないことです。知識が足りないなら、勉強すればいい。資格なら、取ればいい。経験なら、積めばいい。でも、そういう足し算では埋まらない感じがします。何が足りないのかわからないまま、足りないという感覚だけが残ります。

 だから多くの人は、違和感を横に置きます。忙しさでごまかして、次の勉強を始めて、足し算を続けます。そして何年かたって、同じ引っかかりにもう一度出会います。

 この違和感に、名前をつけておきます。

スキルは増やすもの、器は大きくするもの

 スキルは、能力の話です。言語、フレームワーク、設計、交渉、資料作り。できることのリストなので、増えるし、積み上がります。数えられるし、履歴書にも書けます。

 器は、容量の話です。予定が崩れたときにどこまで落ち着いていられるか、自分と違う意見を攻撃だと感じずにどこまで聞けるか、得意なやり方が通じない場面でそのやり方をどこまで引っ込められるか、「正しいこと」を状況を見てどこまで言わずにおけるか、といったことです。数えられないし、履歴書にも書けません。でも、一緒に働けば数週間でわかります。

 深夜の障害対応を思い浮かべてください。

 技術力がほぼ同じ二人がいます。一人は焦って視野が狭くなり、最初に目についた仮説に飛びついて、手を動かし続けます。もう一人も同じように焦っています。でも、いったん手を止めて全体を見て、切り分ける順番を組み直せます。

 この差は、スキルの差ではありません。焦っているときに、どれだけ広く見ていられるかの差です。器と呼ばれてきたものは、これに近いと思っています。

 スキルは「増える」。器は「大きくなる」。動詞が違います。

 動詞が違うということは、育て方も違うということです。スキルは学べば増えます。講座があるし、本があるし、AIに聞けば数秒で教えてくれます。器はそうはいきません。知識を入れても、器は大きくなりません。正直に言うと、この連載を読むだけでも大きくはなりません。

 では、器はこれまで、どうやって大きくなってきたのでしょうか。

 答えは少し意外なところにあります。多くの人は、器を「勝手に」大きくしてきました。大きくしようと思ったわけではなく、気づいたら大きくなっていました。たまたま、そういう環境にいたからです。

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AIが壊したエンジニアの成長装置

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この記事の著者

柳川 慶太(ヤナガワ ケイタ)

エンジニア→PdM→事業責任者とキャリアチェンジし、現在は金融事業の責任者として事業戦略・プロダクト戦略・組織戦略の全てを統括。プロダクトで勝負する会社において、事業計画から企画から開発まで全て一貫して進めることの重要性を主張し、自ら実践する。noteでプロダクトマネジメントや事業開発に関する記事を...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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