世界規模で急速に拡がるオープンアーキテクチャ化の波
坂村氏は、まず世界的なオープン化の波の拡がりについてふれる。中でも最近訪れた中国の経済的・技術的な発展ぶりについて、「巨大空港やホテルを始めとした大型の建造物がいくつも作られ、世界中からそれを見に人がやってきている。この事実を目の当たりにして、人がたくさんいることと、インフラを作ることとの重要さを強く感じた」と述べた。坂村氏は以前から中国科学院と共同でT-Kernelの研究に携わっており、中国でもオープン化への関心は高まる一方だという。
ハード/ソフト両面でオープン化を急ぐ中国の動向に注目
「とりわけ顕著なのは、中国にとってオープンなものは積極的に採り入れ、一方でクローズドなものは排除するという姿勢だ。中国ではWindowsのクラック版が大きな問題となっており、こうした問題を回避するという意味でも、オープン化は大きな目標となっている。究極的には、脱インテル/マイクロソフトというところまで行くだろう。現に中国科学院計算科学研究所(Institute of Computing Technology)の主導で、中国は2020年までに全システムのCPUを完全国産のLoongson(龍芯)を中心としたものに切り替えると言っている。OSについてもLinuxやT-Kernelなどへの変更を計画している。中国は現在のクローズドなメジャー製品を排除して、すべてを自前で作り出そうとしている。そんなことは日本ではできないが、10億人の人材とマーケットを持っている国はできるのだ。Loongson(龍芯)を8,000個使用したスーパーコンピュータ『曙光5000A』も開発中で、これは世界のスパコンの性能ランキングベスト10の中に入る可能性がある」。
第3世界マーケットの台頭がオープン化へのシフトをさらに加速
さらに坂村氏は、こうした中国の進展ぶりに象徴される第3世界マーケットの台頭に注目する。中国、アフリカ、インドといったこれまでの欧米中心とは異なった軸を持つ市場の成長が、急速に進んでいるというのだ。
「今までの日本では想像がつかなかったマーケットが現れてきている。こうした国々は先端技術とローテクをあわせ持ち、両者を組み合わせたまったく新しいマーケット創造が可能なのだ。好例の一つに、インドのPeople's Phoneという超低価格携帯電話が挙げられる。機能は通話のみにしぼられ、新興国の25億人をターゲットとして開発されたこの電話機は、初年度販売数が1,000万台を目指している。驚くべきは、チップや電池などすべてをゼロから設計している点だ。1,000万台が一気に売れるなら、全部最初から作ってしまってもOKという発想なのだ。日本のマーケティング脳とはまったく別世界のところで発想されている製品があるという事実を知ってほしい」
こうしたマーケット環境でオープン化に非常に高い関心が集まるのは、ごく自然なことだ。インドの雑誌ではT-Kernel大特集が組まれ、あまつさえTRON技術者の募集広告まで掲載されているという。
一方でセキュリティ強化にともなう制度の変更も、オープン化へのシフトを促す要因となると坂村氏は指摘する。中国の強制認証制度(CCC)では、2009年5月から制度の適用対象に情報セキュリティ製品が加えられることになっている。ファイアウォールやルータ、VPNなどの他にもICカードやICチップ用OS、データベース等までが含まれる。この結果、認証を取得するためにソースコードの開示が求められる可能性が出てきた。その点、オープンソースならば独自のソースを開示する不利益やコストがない分、有利だと氏は強調する。
「このようにさまざまな動きを受けて、オープン化の波は第3世界でも急激に進んでいる。世界不況と言われているが、こういう時期だからこそ世界に打って出た方がよい。アメリカと連動していないマーケットは好調という事実を知るべきだ。日本はマーケットが狭いので、不況にすぐ巻き込まれてしまったが、こうした第3世界に目を向けて、わが国が進む道を考えていくべきだ」