少人数による爆速の開発経験から得られた知見
生成AIを搭載した少人数・短期間によるプロダクト開発を経て、渡辺氏は「やってよかったこと」「やらなくてよかったこと」に関する知見を得たと話す。
「やってよかったこと」として、渡辺氏は毎朝のハドルミーティングを挙げた。わずか2人の開発メンバーでも、直接話すことの意義は大きかったというのだ。「直接きちんと話さないと、相手がどういうトラブルを抱えているか、正確には掴めない。毎朝ハドルをして、Jiraのタイムラインを見ながら『ヤバいな』『順調だな』と話していた」。
同じくSlackでのエゴサ(検索)も、開発を後押しするアクションだ。「たとえば『条文修正アシスト』で検索し、誰かが困ったり悩んだりしていないか探しにいく。そして、自分がジョインしていないチャンネルでも積極的に絡みにいく。最初は驚かれるが、だんだんと喜んでもらえてモチベーションになる」というのが渡辺氏の実体験だ。
一方、「やらなくてよかったこと」として、「全部自分でやること」を挙げた。わずか2人のチームでは、すべてを自分が受け持つ覚悟もしていたが、それは杞憂に終わったというのだ。
「社長が『これは会社の最重要プロジェクトです』と全社定例で言ってくれたので、遠慮なく会社のリソースを使わせてもらうことにした。マーケティングや営業、広報なども巻き込んで協力してもらったおかげで、3か月で間に合った」。
また「ボールを長く持つこと」、つまり自分で作業を抱え込むことも「やらなくてよかったこと」だった。渡辺氏はこう振り返る。「連絡を待っている側にとって、スムーズにボールが返って来ないのは大きなストレスだ。ただ『連絡を早く返す』だけで、他のところでも雪だるまのように仕事がうまく、大きく回っていく。これは本当に、3か月の取り組みで一番やってよかったことだ」。なお、渡辺氏は基本的に1~2時間以内にすべてのSlackを返すように心がけているという。
さらに渡辺氏は、経営陣やマネージャーなど立場のある人に向けて、「やってもらえてよかったこと(現場のエンジニアがありがたいと感じる支援)」にも言及した。まず挙げるのは、大きな裁量権だ。「大きな仕事に取り組むのであれば、大きな裁量権は欠かせない。弊社の場合、自分に一任してくれるような大きな器があったのがとても助かった」。
また開発人数についても、最小構成のコアメンバーであったことが良いサイクルを生んだと語る。「これがもし10人、20人といった規模のプロジェクトなら、関わる人が多すぎて現状把握だけで時間を浪費していただろう。最初は『2人じゃ終わらない』と思ったが、実際に動き出してみると、コミュニケーションコストが本当に少なくて助かった」。毎朝のハドルだけでコミュニケーションが完結し、作業時間を増やすことが出来たことも、期間内のリリースに好影響を与えたのだ。
技術革新が起きたとき思い出してほしい3つのメッセージ
最後のテーマとして渡辺氏は、「これまでの話をすべて忘れてでも、この3つは持って帰っていただきたい」として、次なる技術革新に備えてエンジニアに伝えたい3つのメッセージを発した。
1つ目は、「ショートカットはない、当たり前なことを当たり前にやる」だ。技術革新に際してのプロダクト開発に近道は存在しない。ノウハウも蓄積されていない手探り状態のなかで、とにかく出来ることを愚直に進めるしかない……渡辺氏の経験からくる、実感の詰まった言葉だ。
「さらに言えば、日ごろから最新情報を把握した上で、技術革新が起きたタイミングですぐ動き出せるようなポジショニングを取ることも大切だ。たとえば皆さんがこの会場へ着くためには、電車やバス、飛行機を使って、さらに歩く必要がある。しかし、会場に併設されているホテルに宿泊すれば、一番早く到着できる可能性が上がる」。ショートカットはないにせよ、有利な位置を確保する意識は欠かせないと渡辺氏は強調する。
2つ目は、「過去の経験と今を紐づける力」。エンジニア一人ひとりにさまざまな経験があり、それをプロダクト開発とうまく結びつけることが、プロジェクトを成功に導くカギになる。
渡辺氏は過去に、某有名コミュニケーションロボットの技術スタッフを務めていた。この経験があったため、今回の開発に際しても、「ユーザーがどんなところで不安を感じるか、何となく分かっていた」というのだ。
「某ロボットを開発していたとき、『まともな受け答えができない』と評価されたのを覚えている。今回の生成AIもそんなものだろうと思っていたら、それなりに意味のある回答が返ってきた。以前とはレベルが違うと確信したし、その差分を理解してうまく機能に落とし込めたのは良かった」。渡辺氏はそう胸を張る。
3つ目は、「インパクトとベクトル」。プロダクト開発は、ユーザーに使ってもらえなければ意味がない。そのためユーザーに程よいインパクトを与えつつ、ニーズに対して正しいベクトルを提供することが大切だ。
渡辺氏によれば、「今回のプロダクトはとくに、『ちょうどいいインパクト』を目指した」とのこと。強すぎるインパクトを与えれば、ユーザーが利用を忌避するリスクが上がるためだ。なおかつベクトルがズレていては、大事なことが伝わらない。「ユーザーにとって心地の良い、『足つぼマッサージ』のようなインパクトレベルを考えて、プロダクト開発に当たっていた」と、絶妙なバランス感覚を披露する。
最後に渡辺氏は会場に向けて、「技術革新はもちろん起きてからも大事だが、起きる前、その場所に立つ前の準備の方が大事だと考えている」としたうえで、「次なる技術革新が起きたときに、すぐスタートダッシュが取れるよう今から準備をしておきたい」と激励し、講演を締めくくった。