データ関連の新職種「アナリティクスエンジニア」とは
データドリブンな意思決定が重視されているリクルート。同社では2015年より、データ関連の職種が置かれていた。そして2022年、データ利活用をさらに推進するために新たな職種を設置した。それが「アナリティクスエンジニア」である。
新堀氏、林田氏が所属するデータ推進室は、各事業領域のデータ戦略立案・推進を行う領域特化ユニットのタテ組織と、領域横断で支援を行う専門職種ユニットのヨコ組織が交差するマトリクス型を採用。新堀氏、林田氏は共に、領域が異なるアナリティクスエンジニアが所属するデータマネジメントグループのマネージャーを務めている。
新堀氏は『リクナビNEXT』や『リクルートエージェント』『タウンワーク』など新卒採用・キャリア採用・人材紹介に関するサービスを扱うHR領域と、不動産・住宅に関する総合サイト『SUUMO(スーモ)』を展開する住まい領域を担当。一方の林田氏は『Airレジ』など店舗運営に必要なサービスを提供するSaaS領域と、オンライン学習サービス『スタディサプリ』や『スタディサプリENGLISH』などを提供するまなび領域を担当している。
データ関連職種はいずれも、IT系エンジニアの中でも比較的新しい職種。その中でもアナリティクスエンジニアというポジションが、データを利活用する上で非常に重要だとグローバルで発信され始めたのは2019年頃。また日本国内では2021年頃より、先進的な企業が同職種の重要性を語り出したという。つまりアナリティクスエンジニアは、データ関連職種の中でも比較的新しい職種だ。
どのような職種なのか。新堀氏は「データアナリストとデータエンジニアの中間的な職種」と言う。リクルートでは、プロダクトマネージャー(PdM)、マーケターなどデータを活用したい人たちの意思決定を支援するデータや環境を提供できるエンジニア、と定義しているという。
「こんなデータが見たい、KPIが見たいと思っても、簡単に見られない状況にある企業は多い。アナリティクスエンジニアは、常にアナリティクス・レディ、つまりいつでも分析可能な状況を用意する役割を担っています。データの抽出や変換、クレンジングなどに加え、『こういうKPIをダッシュボードで見たい』という要望に対して、すぐ開発して閲覧できるようにしています」(新堀氏)
アナリティクスエンジニアの業務をわかりやすく説明するため、林田氏はコンビニに例える。「原材料の状態のデータを加工して商品として棚に並べ、ちゃんとユーザーに届けられるようにする。そして安定的に運用していくような仕事です」(林田氏)
一方の新堀氏はアナリティクスエンジニアを図書館司書に例える。「データエンジニアは図書館を作る人、データサイエンティストは図書館の本を使って新しいプロダクトやサービスを作る人。そして図書館司書であるアナリティクスエンジニアは、図書館の本、つまりデータを維持管理し、プロダクトやサービスの意思決定を支援するようなデータを提供する人といえるでしょう」(新堀氏)
これらの例えから、データを活用したいときにすぐに利用できる環境を、アナリティクスエンジニアがどのようなイメージで実現しているかが分かるだろう。
ダッシュボード開発で最も重要なこととは
アナリティクスエンジニアの代表的な業務の一つが、ダッシュボード開発である。
ダッシュボードは基本的に、事業の意思決定をするため、日々の事業の状況を、時間をかけずに把握するためのもの。「その後、どのようなアクションをするか、そのヒントを得るためのものだと思います」と林田氏。したがってリクルートでは経営トップ層の企業戦略の意思決定を支援するのはもちろん、マーケティングや開発などの各部署が戦術を考えていくために活用できるようカスタマイズして提供している。
このように日々の意思決定において、重要な役割を担っているダッシュボード。どのような流れで開発を進めているのか。
「最初にKPIの設定をします。KPIの検討において、そのKPIは本当に追うべきものなのか。事業に合っているものなのかを、データサイエンティストやデータエンジニア、アプリケーションエンジニア、PdMなどと一緒に議論しています」と新堀氏は言う。
さらに設定したKPIに対して「それをどういう観点、どんな切り口でウォッチしたいか、KPIをブレイクダウンしてダッシュボードを作成していきます」と林田氏は言う。そのときは事業企画の担当者だけではなく、データサイエンティストと連携して、決めていくこともあるという。
要件定義以降の開発プロセスは、「一般的なWebアプリ開発の案件と変わらない」と新堀氏。ではなぜ、要件定義の前に行われるKPI設定がそれほど重要になるのか。「KPIの設定を間違えて作られたダッシュボードはほぼ使われなくなるため」と林田氏は指摘する。そのため、さまざまな職種のメンバーを巻き込んでディスカッションするなど、泥臭いことも求められるという。
リクルートでダッシュボードを開発するために採用している技術は、データマート作成にGoogle Cloudが提供するBigQuery。BIツールはSalesforceのTableau、Google CloudのLookerを活用することが多い。これらのツールで応えられない場合は、「データエンジニアと連携し、フルスクラッチで作ることもある」と新堀氏は言う。
使われるダッシュボードを開発するためのポイント
せっかく作ったダッシュボードが「使われない」というのはよくある悩みだろう。使われるダッシュボードにするために、何が重要だろうか。
ポイントは「データの質をいかに担保するか」と新堀氏は指摘する。事業企画の担当者から「データはある」と言われても、実際見てみると歯抜けになっていたり、半角と全角が混ざっていたりすることがよくあるからだ。
次にPdMや事業企画の担当者が業務の中でどのようにBIツールを使って行くのかを、あらかじめ把握しておくことも重要だ。「チーム全員にライセンスを発行する必要がないケースもあれば、グラフにしなくてもローデータだけでよいケースもある。後者のケースであれば、BIツールではなくスプレッドシートで提供する方法も選択できる。
ダッシュボード開発で失敗に至るケースの多くが、業務の中でどう使われるかを把握することなく、利用する従業員が求めるまま作ってしまうこと。「こんなダッシュボードが欲しいという要望に対して、掘り下げて話を聞くと、その人しか使わないということもよくあります。要件定義フェーズで、いつ・どこで・誰が・何のために使うのか、5W1H形式でしっかり詰めることが重要です」(新堀氏)
実は、4年ほど前まではリクルートでも、ダッシュボードの開発において利用する従業員の要望そのまま開発する請負気質の体制があった。「当時は欲しいと言われたものを早くアウトプットすることを重視していた」と新堀氏は振り返る。その結果、とある事業領域のダッシュボードは、社員300人に対し、500ものダッシュボードが存在していたという。「ほぼ使われていないダッシュボードを量産していたのです」(新堀氏)
言われたものだけを作っていると、自分たちは作業者だという認識となり、モチベーションが下がってしまっていた。しかも当時は実際に開発で手を動かすのは協力会社のエンジニアだったため、社員にはダッシュボード開発のナレッジも貯まらなかったという。だからこそリクルートではアナリティクスエンジニアという職種をきちんと定義することになったのだ。
リクルートのダッシュボード開発のミーティングにおいて、アナリティクスエンジニアは事業の企画段階から参加する。そして、徐々にブレイクダウンしてダッシュボードの要件を定義していくという。そのミーティングには先述したように、データサイエンティストやPdM、データエンジニアだけではなく、フロントエンドエンジニアやインフラエンジニア、デザイナーなどさまざまな職種の人たちが参加。
プロダクトやサービスの方向性を共に考え、時には、アナリティクスエンジニアが率先して「こんなデータがあるのなら、こういう指標で観た方が良いのでは」とKPIの提案をすることもある。そのためダッシュボード開発にもモチベーション高く取り組めるという。
アナリティクスエンジニアの最重要スキル「事業理解」を身につける仕組み
アナリティクスエンジニア組織を設置して2年。領域ごとに4~7人、合計で約30人のアナリティクスエンジニアが在籍しているという。これはあくまでも「アナリティクスエンジニアを主務としているメンバーです」と新堀氏。実際にはPdMやマーケターの人が兼務するなど、アナリティクスエンジニアの業務に携わっている人はさらに多く「そこまで含めると100人規模になります」と新堀氏は続ける。
ではアナリティクスエンジニアとして活躍するには、どんなスキル・経験が求められるのか。新堀氏は「アナリティクスエンジニアにとって一番重要なスキルは、事業理解です。これができていないと的を射たダッシュボード作りはできないからです」と言い切る。一方の林田氏は「たくさんの事業部からのニーズを、データアナリティクスを学んだうえで効率的に応えていくためには、エンジニアリングの知識も非常に重要です」と話す。
そこでリクルートでは、「兼務」によってそれらのスキル・経験を育成している。
リクルートのアナリティクスエンジニアのバックグラウンドは大きく2つに分かれる。一つはエンジニアからの転身者。もう一つはデータサイエンティストからの転身者である。
事業理解を深めるための兼務を付けるのは、主にエンジニアからの転身者だ。また、兼務が付かない場合でも、「PdMと一緒に営業同行して現場を見にいくことを積極的に行っています」と新堀氏。一方、データサイエンティストからの転身者の場合は、一般的なソフトウェア開発の知識を身につけられるような業務を兼務することがあるという。
データサイエンスの知見は個人でも学ぶことができるが、エンジニアとしてのチーム開発の経験は個人で得るのは難しい。アナリティクスエンジニアにとってソフトウェア開発の経験は大きな資産となる。
その他にも「ビジネス理解だけではなく、実際のサービスやプロダクトのインフラやシステム構成など、システム理解を含め、サービスやプロダクト全体を把握しておく必要があります」と林田氏は言う。データの発生源がサービスやプロダクト側にあるため「例えばデータマートのロジックが崩れた場合、その原因を探るためにデータの発生源までたどれる必要があります」(林田氏)。
欲しいデータがすぐ活用できる環境を提供していきたい
アナリティクスエンジニアにはどのような面白さがあるのだろうか。
「企業が抱えているデータ活用にまつわる課題や負債を新しいトレンドを踏まえながら解決できること、そしてその課題解決を通して、全社員に貢献できること」と林田氏は語る。
続けて新堀氏は、「データドリブン経営を実施しているリクルートは、データ関連に期待し、投資をしている。経営も含めて全社的に期待されている環境の中で開発に携われるのは魅力です」と話す。
データの利活用のスピードは年々、上がっていく。そのような状況に応えるため、林田氏は「将来的には、あらゆる従業員が欲しいと思った瞬間に、欲しいデータがすぐ手に入る自動販売機のような利活用環境を提供していきたい」と意気込む。
新堀氏は「データ利活用環境の整備の時間を短縮し、属人化も防げるよう自動化を進め、個人としても組織としてもアジリティを高めていきたいですね」と語る。
アナリティクスエンジニアには、「データを整備することをメインに、意思決定に携わりたいと思っている人やデータのパイプライン上で動くデータそのものに興味のある人」(新堀氏)が向いているという。そういう指向のある人は、ぜひ、チャレンジしてみてはいかがだろう。
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CodeZineの記事「リクルートのデータ意思決定を支える「アナリティクスエンジニア」に聞く! ダッシュボード開発の極意」をお読みいただき、誠にありがとうございました。
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