マネージャーは不足しているぐらいがちょうど良い?
続いて、青木氏はエンジニアリングマネージャー(EM)の不足について問題提起し、「エンジニアと経営陣の間を橋渡しできる人材が必要だが、このポジションは手を動かさないため評価されにくく、採用も難しい」と語る。これに対して、蜂須賀氏は「マネージャーが足りている状況というのは、余白がありすぎるということ。むしろ不足しているくらいがちょうど良い」と述べ、泉氏も「EMを育成する機会を持つためには、マネージャーが不足している方が良い」と同意した。
また、蜂須賀氏は「EMはパラシュート人事のような形で外部から採用するよりも、内部から適性を持った人を育成する方が望ましい」と指摘。専門領域で高いスキルを持ち、メンバーに認められるリーダーシップを発揮できるハイブリッド人材であれば、内部からの育成が成功しやすいと述べた。
泉氏はさらに、「組織の現場に対する解像度が高くないと、マネジメントの意思決定が難しい」と指摘する。EMには人のアサインや評価だけでなく、技術的な課題を理解し、適切に解決する能力もマネージャーに求められると説明した。パラシュート人事で外部からマネージャーを入れる場合、社内の現場を理解するまでには時間がかかり、スタック(停滞)してしまうことも多い。最終的には現場に直接足を運び、状況を完全に把握する姿勢が求められる。
議論は「ドメインの硬さを意識しつつ、組織とアーキテクチャをどうバランスさせるか」というテーマへと移る。青木氏が率いるチューリング社は、自動運転に挑戦する企業として、命に関わる領域でソフトウェアを開発している。一方、泉氏のUPSIDERも、資産を扱う領域でビジネスを展開しており、共に慎重さが求められるドメインに挑むスタートアップだ。
青木氏は、完全自動運転を目指すチューリング社の取り組みの中で、AIが全ての運転行動をend-to-endで決定する時代が近づいていることを実感しているという。「GPT-4が出てきて、皆さんも『自分より賢い』『自分より絵がうまい』『自分より文章がうまい』と思っただろう。おそらく運転技術でも、どこかのタイミングで同じことが起こるはずだ。起こらない未来のほうがまず薄い。弊社は、そこに全てを賭ける会社としてやっている」。
同時に、このようなアプローチで事業を行う企業は少なく、競合が少ないからこそ、異なるバックグラウンドを持つエンジニアを自動運転やAI領域に引き込む工夫が必要になり、「採用活動には苦労も多いが面白さもある」と続けた。
また青木氏は、「エンジニアは『この技術は何のためにあるのか』『やる意味があるのか』とよく言われるが、自動運転に携わっていてその質問をされたことはない。何故かと考えてみたが、ソフトウェアのエンジニアが人の命や安全に関わる仕事というのが、おそらく今までなかった領域だからだ」として、社内で安全性に関する勉強会を開き、自動運転開発における「命に関わる仕事」に対する意識をエンジニアに根付かせる取り組みを紹介した。
一方で、自動車業界から来るエンジニアとの文化の違いを理解するためにも、勉強会は不可欠だと青木氏は考える。チューリング社では、自動車とソフトウェアという異なるバックグラウンドを持つ組織体が社内に存在している。そのため、勉強会を開いてお互いの分野について共有する機会を設けるなど、積極的に連携を図っているというわけだ。例えば、AIの知識を自動車のエンジニアに共有する、または自動車の専門知識をソフトウェアエンジニアに伝えるといった取り組みを通じ、互いの視野を広げる努力を続けているという。
「AIの話をしていても、自動車のエンジニアがソフトウェアエンジニアに伝える内容と、ソフトウェアエンジニアが自動車エンジニアに伝える内容には、お互いにエンジニアであっても意外と見えていない部分が多い。そこはやはり、頑張って解消していくしかないと思っている」(青木氏)