ジュニアでも上流工程を完遂できるAIエージェント活用
上流工程スキルの不足を補うために工夫したのが、AIを活用したシステムドキュメントの品質管理の仕組みだ。
所氏はV字モデルを例に説明した。ウォーターフォール開発では、要件定義書をもとに基本設計書を作成し、基本設計書から詳細設計を作成する。テスト段階では、詳細設計書をもとに単体テスト、基本設計書をもとに結合テスト、要件定義書をもとにシステムテストを実施し、ドキュメントとテストが対になって品質を担保する。
「上流工程をAIに支援してもらい、経験の浅いエンジニアでも適切なシステムドキュメントを書けるようにしようと決めた」と所氏は語った。
エンジニアが要件定義書を作成し、社内規定のフォルダに置くと、AIエージェントが自動的に取得する。5種類のLLMがドキュメントを参照して多数決で判定し、3つ以上のモデルが承認しなければ、次の基本設計工程には進めない。このルールによってシステムドキュメントの質を担保する仕組みだ。
先輩エンジニアにドキュメントのレビューを依頼する場合、時間を取ってもらう必要があり、何度も繰り返すのは気が引けるものだ。しかしAIが相手なら、何度でも壁打ちができる。壁打ちを繰り返すことで、経験が浅いエンジニアでもVibeOpsメソッドを適用できるようになるのだ。
さらに、開発段階でのエンジニアのレベル差を吸収する仕組みも構築中だ。同社は、KiroやGitHub Copilot、Cursorといった開発IDEを単体で使うのではなく、社内の開発ナレッジと連携させる仕組みを開発している。
既存のコンポーネント、ライブラリの規約、コーディングルール、デザインポリシーなどのナレッジに対して、AIエージェントがMCPサーバーを通じてアクセスする。エンジニアが実装したい機能を伝えると、既存コンポーネントがある場合は自動的に適用される。エンジニアに意識させずに標準化を進める仕組みだ。2026年2月頃の完成を目指している。
講演の最後に所氏は「AIを使ったバイブコーディングは、すべてをAIがやってくれるわけではない」と語る。重要なのは「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方だという。
AIでできることはAIに任せ、要所で人間が介入してリードする。「特にヒアリングでは、クライアントが抱える課題や本質的に解決すべき問題は、顕在化していないことが多い」と所氏は指摘した。
そこは人間が共感や会話の間を読みながら引き出す。そのヒアリング結果をAIに教えて開発してもらい、人間がチェックする。「AIは人間の作業を潰すものではなく、増幅装置です」と所氏は強調した。
大規模なシステム開発でも、最低3割は確実に工数削減できると所氏はみている。この変化がもたらすのは、単なる効率化ではない。「もの作りからサービス提供への変化が起こると考えています。納品して終わりではなく、今後は受託開発であっても、クライアントに納品せずに自社資産として保有し、サービスとして提供していきます」。人月ベースから成果ベースへ、さらにはサービス提供型への産業構造の転換を、バイブコーディングが後押しする。
2025年10月末、バイブコーディングという言葉を生んだカーパシー氏は、ポッドキャストで「真のAIエージェントができあがるまであと10年ほどかかる」と語った。しかし所氏の見解は異なる。「ヒューマン・イン・ザ・ループの考え方で、人とAIがコラボレーションし、AIを増幅装置として人が機能を拡張していけば、現時点でもバイブコーディングは十分に機能する」と所氏は述べた。同社の取り組みは、バイブコーディングの可能性を現実のものとしつつある。

