蛭田さんが本を書くきっかけとなったのは、CEDEC2015での「ゲームクリエイターのための出版入門―編集者が提案する技術知見の発信とマネタイズ―」だった。このセッションに参加し、みずからも本を出版したいと考え編集者に連絡を取ったのだという。
処女作『ゲームクリエイターの仕事』は2016年4月に刊行。そしてCEDEC2105から1年後の今年8月、CEDEC2016で出版のノウハウをテーマとしたセッション「夢の印税生活!?ゲーム開発者が本を出版するためのノウハウ」が開催されたことになる。蛭田さん自身、本セッションでひとまず最初の書籍出版の旅を完結できたと話していた。
だが、企画の打診から出版に至るまでの過程は、これまで経験したことのない困難の連続だった。セッションではそのとき培われたノウハウが惜しみなく語られた。それは、これから本を出版したいという技術者の皆さんをおおいに励ましてくれるだろう。
蛭田さんが声を大にしていたのは、「本の出版にはお金以外の価値がある」ということだった。
渾身の企画が全部ボツ! 編集者がOKする書籍企画とは
ゲーム業界で誰より豊富な経験を積んできた蛭田さんだが、出版に関しては初心者。編集者に書籍企画を打診したものの、なんとことごとくボツになったという。非常に驚いたそうだが、その理由を検証すると、自分がいける・面白いと踏んだ企画でもそれが書籍として成り立つかどうかは別だったのだ。
蛭田さんが実際に提案した企画を見ていこう。
新規事業立ち上げ
これは需要がありそうだが、1冊の本にはならないだろうとボツになった。特に対象読者が少なく、一般的なゲーム会社200社に平均3ラインがあったとしても600人。2000~5000部が平均的な初版部数と考えれば難しい。
北米でのビジネス経験
「日本と北米のゲーム文化」という読み物としては面白いが、北米に進出しようとしているゲーム会社がどれほどあるかを考えると、これも対象読者数が物足りない。
人材育成
内容は有益だが、ゲーム会社の人材育成担当が対象読者として、400人ほどだと推定。これも対象読者数が厳しい。
人材採用
「ゲームクリエイターになる本」という切り口の1章なら面白いと判断され、対象読者をゲーム業界に就職・転職しようとしている人とすれば数千~数万人が想定できる。
結局提案した企画がそのまま採用されることはなく、最終的には最後の企画を拡充した「ゲームクリエイターの仕事を紹介する本」を執筆することになった。ゲーム業界の基礎知識や職種と開発プロセスの紹介、プロジェクトの立ち上げといった、ゲーム業界を俯瞰できる内容だ。
この過程で蛭田さんが気がついたのは、書籍企画は業界内の数百人単位に役立つものではなく「業界内外の多くの人に役立つこと」が大事だということだった。実際、数百人を対象とする書籍はビジネスとしても成り立たない。企画の面白さや対象読者の多さはもちろん、競合書の少なさや差別化も重要になる。
出版初心者の技術者は自分に何が書けるかという視点で考えてしまいがちだが、それでは書籍企画は立ち上がらない。「自分が持つスキルや経験を、多くの人にどれだけ役に立ててもらえるかを考える必要がある」と蛭田さんは語る。
執筆は血糖値を上げて効率化。無駄を省いて作業に集中する
こうして企画が走り出した蛭田さんだったが、当初予定していた23週間の出版スケジュールは、結果的に29週間かかってしまったという。まず、企画の詳細を詰めるのに3週間。これは予定通り進んだ(ただし、なかなか執筆に入れずやきもきしたそうだ)。
次に執筆。16週間で160ページを書ききる予定だったが、思うように書き進められず2週間延長。文章だけでなくイラストにも手間取ったのだ。また、平日1日2ページずつ書けばいいという目論見はあっという間に崩れ去り、書けないまま時間だけが過ぎていったこともある。
蛭田さんがこれではいけないと改善しようとしたのが、生活リズムと執筆時間だった。効率よく集中して作業するには血糖値が重要ということで、これまで血糖値が低い夜に行なっていた執筆を朝に行なうことに。きちんと朝食を食べて、それから執筆に臨むことで効率性が劇的に向上したのだ。
そのほか、日常生活のタスク管理も徹底し、無駄を排除。効率のよい執筆時間をいかに作り出すかが大切だということだ。執筆は長丁場、無理や我慢では限界がある。