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イベントレポート

時給換算数百円でも、技術者が本を書く価値はある――出版への道のりとそのノウハウ【CEDEC2016】

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もう書けない! でも書くしかない!

 しかし、それでも長期に渡る執筆が嫌になり、モチベーションがなくなってしまうこともある。特に書き慣れていない人にとっては、考えていることを理想的な文章に落とし込むことができず、筆が進まなくなってしまう。そんなときどうやって苦難を乗り越えればいいのだろうか。

 蛭田さんは、執筆にはいくつかの罠があるという。しかも、仕事ができる人ほど捕まってしまう罠だ。

計画性の罠

 執筆当初、蛭田さんは16週間を充分な時間だと見込み、全160ページ分を平日2ページずつ書き進めることで達成しようと計画していた。土日は完全に休む算段だ。

 お気づきのとおり、うまくいくはずがなかった……。3週間経ち、しかし本業のほうが忙しく、なかなか執筆が進まない。そこで、全体の構成はできているから大丈夫だと考え、これからは平日2ページ半ずつ書けばいい、と考え直した。これまで2ページも書けていなかったのに、なぜ2ページ半を書けると考えてしまうのか。人間の恐ろしいところである。

 そして6週間後の蛭田さん。まだ書けない! 項目の洗い出しも進まず、土日を使って挽回するしかないと踏みきる――。

 が、9週間後。全体の項目がやっとでき上がっただけ。まだ1ページも仕上がっていないのだった。平日に執筆ペースを上げることは難しく、さらに土日の時間が犠牲になっていく。

 そうして18週間をかけて書き上げたわけだが、その間、蛭田さんは予定より押していることにずっとプレッシャーを感じ続けていた。綿密なスケジュールを立ててしまったがゆえのプレッシャーだ。書き慣れている人もそうだが、とりわけ執筆未経験の人がスケジュールどおり書けることはほぼない。よって、執筆スケジュールは遅れるものだと心の余裕を持っておくのが大切だ。

難しいところから取りかかる罠

 プログラム処理の流れは、通常、上流にあるクリティカルなバグから取り除いていく。そうしないとほかのどこにバグがあるか分からないからだ。だが、これを執筆に当てはめてしまうと罠に陥る。

 難しいところ、たいへんなところを最初に片づけようとすると、進捗率0%の状態が続き、全然進んでいないのに時間だけが経つという不安に襲われることになる。

 だから、執筆では書けるところから書いていき、進捗率を高め、残タスクをどんどん減らしていくことが心の安寧と余裕をもたらすのだという。たいへんなところは最後に処理すべし。その作業量はいつ取りかかっても同じだが、進捗率0%のときと80%のときとでは、プレッシャーが大きく異なる。あと一息と感じながら作業することを忘れてはいけない。

時給換算数百円でも、出版にはお金に代えられない価値がある

 ようやく書き終えたあと、蛭田さんと編集者の間で校正を4往復し(もっとかかることもある)、2016年4月に『ゲームクリエイターの仕事』の出版と相成った。めでたしめでたし……とはいかない。

 最初に気になるのは印税だ。収入の目安として、ゲーム開発本でいくら儲かるのかを例示する。著者印税率は5%~10%、初版部数は2000~5000部、価格は1500円~8000円が一般的。印税のモデルケースは、

  • 3000円×3000部×8%=72万円
  • 6000円×2000部×7%=84万円

 と、おおよそ100万円弱となる(初版のみ)。ヒットを飛ばせば増刷され、さらに印税は増える。2倍の部数に増刷されれば、1年でおよそ160万円だ。技術書は数年でツールのアップデートによって書籍内容が通用しなくなることも多いため、改訂版を出すことでまた収入を得られるかもしれない。

 ちなみに、蛭田さんが本書による収入を時給換算したところ(約700時間)、数百円となってしまったという。

時給換算
時給換算

 けれども、蛭田さんは本を出版したことが収入以外の価値や変化をもたらしたと語る。それについては後述する。

著者も積極的にプロモーションしよう

 本が売れない、と言われて久しい。その理由の一つに、その本を必要とする読者にきちんと情報が届けられていないことが挙げられる。特に技術書の場合は役に立つことをアピールし、書店以外の場でもプロモーションする必要がある。

 蛭田さんはそこを充分に意識し、出版後にできるだけ多くの人に本を届ける活動を行なった。出版社に任せるだけでなく、著者も積極的に動かなければならないのだ。

お世話になった人やメディアへの献本

 最初に行なったのが、これまでにお付き合いのある人への献本。タダで本をあげてしまうことになるが、お世話になったお礼の意味が大きい。また、SNSやブログで感想や書評を書いてもらえればありがたいという気持ちもある。著者の影響力だけでなく、献本相手の影響力をお借りするわけだ。

 また、書籍を取り上げてくれそうなメディアへの献本も欠かせない。出版社によってはそれが自動化されているところもあるが、著者側から献本したい相手、メディアを提案するのは非常に有益だ。もちろん、影響力だけ借りたいと思って交流のない著名人にいきなり献本するのは失礼に値する。日頃からの縁を大切にしてもらいたいとのことだ。

ウェブメディアのインタビュー、イベントの開催

『ゲームクリエイターの仕事』は翔泳社から刊行したため、CodeZineで蛭田さんのインタビューを行なわせていただいた。これは翔泳社側からお願いしたことだが、自社メディアを持つ出版社から刊行される場合はこうした露出拡大を著者みずから実施してみてはどうかと蛭田さんは提案していた。もちろん、書籍内容とマッチするウェブメディアに打診してみるのもいいだろう。

 さらに、蛭田さんの場合は前職での縁からgeechs主催のTECHVALLEY#8「ゲームエンジニアのキャリアアップの道」というトークイベントを開催することができた。各メディアにレポートも掲載され(CodeZineでも掲載)、さまざまな形で書籍の認知度が高まった。

 書籍のプロモーションは出版社主体で、主に書店で展開されることが多いのは事実だが、蛭田さんのように行動力と人脈でより多くの人に認知してもらえるように働きかけることも欠かせないといえる。

本を出したら、仕事が増えた

 蛭田さんは出版による収入はそこまで大きくないと言ったが、お金以上の価値があったとも語った。それは、本を出すことで社会的な信用が増加し、各種の依頼や打診が急増したことを指している。

 例えば、長期の非常勤講師への就任が決まった。書籍内容をもとにした特別授業や講演が増えた。イベントプロデュースや企業アドバイザーの仕事が生まれた。クリエイターからのキャリア相談、企業からの採用相談も持ちかけられるようになった――。

 本を出して満足するのではなく、そこから次へどう繋げていくか、繋がっていくか。蛭田さんの出版活動はまさにそれを示してくれているのではないだろうか。

 このレポートをご覧の皆さんも、誰かの役に立つ知識や技術を持っていて本を出したいとお考えであれば、企画書をまとめて出版社に持ちかけてはいかがだろうか。

 最後に、蛭田さんが到達した技術者が出版するときの心得を紹介して終わりとしたい。

 出版とは、何かをできなかった人ができるようになるまでに学び取った役に立つノウハウを形にすること。自分よりも、誰かの笑顔を考えるということです。
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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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https://codezine.jp/article/detail/9627 2016/08/30 08:00

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