自分たちの手で作ったシステムだからこそ、自らの責任のもと管理・復旧が可能
「内製を大事にする文化は、情シスのみならず全社的なもの」と伊藤氏は話す。その例として、同社CTOの藤門氏が2年前のデブサミにて「全体を自社で開発することで、たとえサービスがダウンした際にも自らの責任のもと復旧できる」と語ったことを紹介。伊藤氏自身も同様に考えているという。
もちろん、必ずしも良いことばかりではない。作ったものがレガシー化する可能性があるのは変わらない。しかし、伊藤氏は「(内製は)メリットの方が大きい」と言う。
そんなヤフーの情シス部門にとって、2016年の本社移転は大きなチャレンジだった。前述した空調管理システムなど、建物の設計時から事業者との連携が必要なシステムも多いからだ。また、フリーアドレスでPCの無線化を進めた結果、前例のない同時接続数を実現する必要も生じた。
他にも大規模災害時の冗長化に備えるため、通常の電話回線に加えてヤフー専用の回線を敷設。さらに会議室やセミナールームについても音響から計算し、テレビ電話や同時通訳の仕組みなど、さまざまな要望に応えたという。さらに全国8拠点の全てのインフラを手がけ、どの拠点でも同クオリティで使用できるようにした。出張時に別拠点で仕事をする際も、パソコンさえ持っていけば普段と同じ仕事ができるというわけだ。
近年、カードリーダーや監視カメラなど、あらゆるものがネットワークにつながり始めたことで、情シス部門が扱う範囲は急速に増えている。それでも、自分たちが作った環境であれば、どこに行っても管理・復旧ができる。それが内製の最大のメリットだ。
新しい技術が試せて、ユーザーの顔が見える! 裁量の範囲が広いことも情シスの魅力
こうした「自分たちで作ることを大切にする」ヤフーの文化は、これからも「変わらないもの」として引き継がれていくと伊藤氏は語る。しかし、その一方で必要な部分ではOSSを利用し、使ったからには貢献するというように「変わってきた」部分もある。伊藤氏は、自身のもうひとつの役割である「Node.jsのサポート」業務を紹介。Node.jsで問題があった際のサポートを担っているが、同時にバグや修正点の発見時のフィードバックも行うという。
そして情シス部門についても、内製のスタンスは変わらずとも、作ったものや技術については他社の情シス部門とも共有する姿勢に変わってきたという。
さらに伊藤氏は「最も変わったのは自分自身」と続ける。配属直後までは「情シス部門なんて、絶対に嫌!」と考えていた。それがこの数年で「情シスはすごく面白いところ」と劇的に変わった。その理由を伊藤氏は次のように振り返る。
「ユーザーにサービスを提供したいと考えていたため、『ヤフーで情シスなんて』と思っていた。しかし、ヤフーはサービスが中心の会社というよりも、技術が中心の文化。情シス部門では開発などしないと想像していたが、実際はシステムを内製する、ベンチャー気質な組織だった。そのため、『新しい技術を試す場が大きく』『ユーザーである社員との距離が圧倒的に近く』『さらに一般のWebサービス開発に携わる人数と比べて少ないため、個人の裁量が大きい』。この3点がそろって面白くないわけがないだろう」
例えば、ブラウザを気にせず新しい技術を試すことができ、リリースすると1万人のユーザー(社員)が使ってくれる。そのため適切なデバッグもダイレクトに受けられ、一般向けのサービスで利用する前に技術を社内で使い倒せる。
こうした「ユーザーとの近さ」を実感した例として、伊藤氏は社内ポータル「WORK」の画面上で12月24日と25日に雪を降らせた日のことを紹介する。社内ではチャットで雪が降っていることに反応があり、情シス側も途中で吹雪かせたり、降ってくるものを変えたりするなど、ユーザーの反応を見ながら調整していった。
伊藤氏は、実際に何度もやりとりすることで「みんなで改善できるものである、といった意識が醸成される」と語る。さらに情シス部門にとって、細かい改善を素早く重ねられることは大きな意味を持ち、ユーザーにも使いやすさだけでなく、「楽しい」「うれしい」といった体験まで含めた価値を提供することができるという。
そしてもうひとつ、伊藤氏が魅力と評する「個人の裁量が大きい」こと。実際、「WORK」での雪の施策はほぼ個人の責任の範囲で行っており、上長に確認は取るものの、理にかなっていれば意見は基本的に通るという。端的に言えば、人数が少ないからこそ個人の意図が反映しやすいメリットがあるのだ。
全てを体験できる社内システム開発を通じて、エンジニアとしての「体験から創る」力を育む
会社にとってシステムを内製する最大のメリットは「ビジネスや制度などの変化に即座に対応できる環境を作れること」。つまり、ユーザーとのコミュニケーションを重ねる経験を多く積むことで、自ら考え、改善のサイクルを身につけた人材を育成できるのだ。
そして、技術者自身にとっても、新しい技術を最速で使い、多くの人数に届けることができるメリットは大きい。また、ユーザーの声を聞くところから始まり、システムの開発・整備まで、サービスを運用する知識が一通りつくことも大きな価値がある。そして、何より伊藤氏が価値を見いだしているのが、「ユーザーから直接ありがとうと聞けること」だ。顔を知るユーザーからもらえる感謝の言葉は大きなモチベーションになる。
エンジニアを取り巻く環境は大きく変わろうとしている。「システムを作る」から「体験から創る」へと役割が変わり、エンジニアとデザイナーの境目は曖昧になっている。「その両者における、より総合的なスキルを持つことが、今後エンジニアが生き残る鍵ではないか」と伊藤氏は語る。
そして、そうした人材を育成するために組織として、個人として最も有効なことは、最初から最後まで一人で作る経験を積むこと。すなわち内製することが、エンジニアの力を底上げすることになる。そこで、コストが低く始められる社内システムの登場というわけだ。
伊藤氏は、「エンジニアとして力をつけるなら、まずは1つでも社内システムを作るところから始めてほしい」と提案。そして、「そうした機会を持つことで『体験から創るエンジニア』を増やしていきたい」と語り、セッションを結んだ。
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