このお話の舞台は、飲食店の予約サービスを提供するIT企業のプロジェクトチーム。ツワモノぞろいのチームに参加した新人デザイナーのちひろは、変わり者のメンバーたちに圧倒されながらも日々奮闘しています。最終回となる今回のテーマは「モブワーク」です。
登場人物
和田塚(わだづか)ちひろ
この物語の主人公。新卒入社3年目のデザイナー。わけあって変わり者だらけの開発チームに参加することに。自分に自信がなく、周りに振り回されがち。
御涼(ごりょう)
物静かなプログラマー。チームではいろんなことに気を回すお母さんのような存在。今後もちひろをよく見て助けてくれる。
鎌倉
業界でも有名な凄腕のプレイングマネージャー。冷静で、リアリストの独立志向。ちひろにも冷たく当たるが…
藤沢
チームのリードプログラマー。頭の回転が速く、リーダーの意向を上手くくみ取って、チームのファシリテートにもつとめる。
境川(さかいがわ)
彼の声を聞いた人は数少ない。実は社内随一の凄腕プログラマー。自分の中で妄想を育てていて、ときおりにじみ出させては周りをあわてさせる。
片瀬
インフラエンジニア(元々はサーバーサイドのプログラマー)。他人への関心が薄いケセラセラ。ちひろのOJTを担当していた。
あなたは何をする人ですか?
私は今日も一人、勉強会に来ていた。今夜は「プロダクトをアジャイルにつくるには」というテーマらしい。話が頭に入ってくる気はしなかったが、これからのことを思うと少しでも何か身につけようとしていないと不安で仕方ないのだ。チームが解散して、またひとりぼっちに戻ってしまうことがたまらなく怖かった。
私たちのチームがこれからどうなるかはもはや誰にも分からない。ハンガーフライトが不発に終わってしまってから、私たちは惰性でスプリントを回しているような状況だった。全く仕事に身が入らない。
ふと気がつくと、いつの間にか今日の登壇者が目の前に立っていた。ソフトクリームみたいな髪型の男性がにっこりしながら私を見下ろしていた。どうやら、登壇者の「今日はどんな人がきていますか? プログラマーの人手をあげて、じゃあデザイナーの人!」というアレに私が何も反応しなかったので、わざわざ近づいてきたらしい。適当にいじられる時間が始まるのだろう。めんどくさい……。私は彼が何を言い出すのか待った。
「あなたは何をする人ですか?」
「え?」
どう答えたらいいか分からない。私は何をする人か? デザイナーと答えれば良いのだろうけど、何か違う答えを彼が待っている気がしてならなかった。
「現場にいると越えられそうにないと思う境界に直面するかもしれない。越えるのも越えないのも、自分自身の意思なのだけど、その時自分のことをどう表現するか。自分を表す言葉に、自分で合意できるかが大事なんじゃないかな」
私は呆気に取られて絶句しつつも、何とか自分の言葉を取り戻した。
「あの、なんで、急にそんな話を?」
「なんだか、あなたが境界に佇んでいる人のような顔をしていたから。僕もよく佇んでいるから、分かるんです。まるで自分を見ているような」
私は思わず席を立ち上がった。
迷わず、会社へと戻る。当然夜も更けてきているので、誰もいない。だけど、私には分かっていた。チームの部屋を訪れる。やはり、そこには鎌倉さんがいた。突然現れた私に、鎌倉さんはさすがに驚いた表情を見せた。日中は社内のミーティングや調整で姿を見せないとしたら、自分の時間を確保するのは夜だ。たぶん皆が帰った後に、ここへ戻ってくるだろうと。
「あのときも、そうやって急に現れたよな」
鎌倉さんは懐かしそうに言った。たぶん、私が初めてこのチームを訪れたときのことだろう。
「……このチームの人たちは何なんですか、一体」
私は目を赤く腫らせて、鎌倉さんに詰め寄った。
「自分の役割を越えてなんでもかんでも引き受けるくせに、自分を省みないからやることにムラができるし。お母さんのように皆を受け止めようとするのは、自分の意思を押し殺してただ他の人についていってるだけだし。ファシリテーターを買ってでるくせに、自分へのフィードバックは受け止められなかったり。なんでもお見通しに見えて、実はすっごく自分が偏っていることに気づいていなかったり!」
一呼吸を置いて、鎌倉さんの目をあらためて見た。その瞳に苦しさと期待が浮かんでいるのが分かる。
「新しい環境をつくるために人を巻き込んで、とっても期待をもたせながら、そのくせただのぼっちでしかなかったり……」
鎌倉さんはまくしたて終えた私に、見たこともない笑顔を見せた。
「その通りだ。だから、お前を呼んだんだ」
メンバーが誰もいないチームの部屋を眺めながら、鎌倉さんは呟くように言った。
「このチームは最高のメンバーが集まっている。だけど、今和田塚さんが言ったように、それぞれ欠けているところがある。でも仕事はできてしまうので、その欠点に自力で気づくことができない。そこに何もかも欠けているお前がきて、一緒に仕事をすることで、自分自身の欠けている部分に気づけるんじゃないかと思ったんだ」
そのことに気がついたのは、さっきの問いかけをもらったときだった。私は何もかも欠けていてこのチームの開発には役に立ってないのだけど、私が存在することでこの人たちへの問いになっているのだ。「さあ、君たちがこんな調子ではこんなことになるぞ、どうするんだ」と。
「最後は、俺の番だな」
「……そうですよ。会社のみんなを巻き込みましょう。それをやるのは、鎌倉さんじゃなきゃダメなんです」