DX実現に向けてより効率的な開発手法を求める動き
セッションの前半、田中氏は世界中で急速に広まるデジタルトランスフォーメーション(DX)の現状について紹介する。ビジネスは現在激しい進化のさなかにあって、高速で進化するテクノロジーに合わせ、そこに対するユーザーの期待値も日増しに上昇している。こうした競争市場では、日々新たな体験を提供することで、より多くの顧客を獲得していかなくてはならない。
「例えば電子決済です。比較的新しい技術にもかかわらず、それが利用できない店舗では、お客さまがすでに不便さを感じてしまうほど浸透しつつあります。この例1つとっても、企業は最新のテクノロジーをいち早く活用してイノベーションを創出しつつ、ユーザーの期待値をさらに超える体験を提供することで、競争力を強めていかなくてはならないのです」(田中氏)
そうした中で企業が抱えている課題は、いかにこのビジネスとテクノロジーのスピードにアプリケーション開発を追いつかせていくかだ。これまでのようにアプリ開発を外部に委託していては間に合わない。より高速な開発体制や仕組みの整備が必要だそうだ。ある調査では、すでにユーザー企業の25%は社内システムの、上流工程の内製化を始めているという。
こうした変化を目のあたりにして、開発者たちの意識も変わりつつある。開発者の興味は、最新技術にキャッチアップできるか、またユーザーと近い場所でやりがいを感じられるかといったところに関心の重点が移りつつある。
「この結果、開発者を含むIT人材にとって、従来のIT業界だけでなく、さまざまなユーザー企業が魅力的な職場として映り、そうした一般企業への移動が始まっています。これは一方で、IT人材の不足を加速させ、イノベーション創出力の低下すなわち日本全体の成長力や、競争力の低下につながるといった危惧をひきおこしています」(田中氏)
日本政府ではIT人材の育成を促進するため、2020年から小学校でのプログラミング教育の必修化を開始する。とはいえ、10年先の社会を担う人材として必要なプログラミング的思考を育むことが目的で、実際のコーディングを行える=即戦力の育成ではない。当面のIT人材不足を補うためには、もっと即効性のある対策が不可欠だ。「そこで注目を集めているのが、ローコードと呼ばれるコードを書かずにマウス操作や設定変更だけでソースを自動生成化できる技術です」と田中氏は紹介する。
1からコーディングする必要がないため、短期間での育成が可能で、プロのエンジニアではない人でもアプリ開発に参加することができる。今後、ローコード開発がアプリ開発の全体に占める割合は大幅に増し、シチズンデベロッパーと呼ばれる「非エンジニア層」の人材が増えていくことで、IT人材不足も緩和されていくと期待されている。
とはいえ、ローコード開発は万能ではなく、メリットとデメリットの両面がある。メリットとしては、(1)高度な自動生成による開発速度の高速化、(2)学習コストが低いため人材育成と確保が容易、(3)開発者の負担が減りシステムの品質が向上する ことが挙げられる。とりわけシチズンデベロッパーの参加と作業の自動化で、従来のコーディングに取られていた労力と時間が劇的に減少。その結果、プロのエンジニアがより本質的で高度な機能の開発とブラッシュアップに注力でき、システム全体の品質向上が期待できるのが大きなメリットだ。
一方デメリットとしては、(1)複雑な要件には対応できない、(2)シチズンデベロッパーにとって複雑すぎるといった点。ローコード開発では、基礎的な部品の組み合わせでシステムを構成するため、実現できる機能が限られている。また、複雑な機能を開いて実現しようとするとかえって時間がかかり、構成も複雑化してメンテナンスに支障をきたしかねない。
「いくら簡単といっても、やはりアマチュアにとっては敷居が高い部分が残されています。しかし、将来的に最適なユースケースの研究が進んでいけば、もっともっと使いやすくなると考えています。また、学習リソースから専門用語などを減らして誰でも学べるようにすれば、さらに可能性は広がっていくでしょう。私としては今後10年の進化に大いに期待しています」(田中氏)