本記事は書籍『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』のイントロダクションを抜粋したものです。掲載にあたり、書籍内の表記(欧文・数字の半角/全角)をWeb表記に合わせています。
なぜ喜び(Joy)なのか?
「喜び(Joy)」という言葉をビジネスの場で持ち出すのは、まるでバカみたいだ。たぶんそのせいで本書の執筆を始めた当初、喜びの文化を作るという話を曖昧に、ぼかして書こうとしたんだと思う。
喜びとは、現世では実現しえない、音楽と鐘が鳴りわたる、野望に満ちた夢だ。この言葉からは愛、幸福、健康、意義、価値が思い浮かぶ。喜びは家では結構かもしれない。教会や趣味でも有意義だ。だが、仕事場には関係ない。企業社会では出番がないんだ。儲かりそうな気もしない。
ビジネスの発想としては過激で、異常で、狂気と紙一重だ。それでも、バカげて聞こえるかもしれないが、僕たちの仕事の中心には「喜び」がある。「喜び」こそが僕の会社、メンロー・イノベーションズという、ソフトウェアのデザインと開発を手がけるアナーバーのいち企業の、存在理由になっている。僕たちが何をするか、なぜそうするのか、喜びが規定する。チーム全員が一人残らず共有している、唯一の信条だ。その喜びのおかげで、あなたも僕を知ることになった。
そう、あなたがなぜ本書を手に取ったか、僕にはわかっているんだ。あなた自身も望んでいる。望んでも仕方ないと思いながらも、あなたの仕事に喜びをもたらしたいと願っている。
あなたは心の奥底のどこかで、もっといい形でビジネスやチーム、会社、事業部を動かす方法があるとわかっている。これまでもずっとわかっていたはずだ。そうした考えが頭をかすめるのは、眠りに落ちるときや、目が覚めた瞬間かもしれない。だが仕事の一日が始まれば変化なんて考えは押しやられ、つなぎ合わせることのできない夢の破片のように蒸発してしまう。
あなたは密かに(もしかしたら表立って)、いまの会社の腐った文化に苦しめられているが、まだ諦めきってはいない。変化はまだ間に合う。
僕もかつては同じだった。自分の仕事に不満でいながら、その状況をどうにもできないことに苦しんでいた。だが、状況というのはよくなりもする。僕の会社、メンロー・イノベーションズ社は喜びを手に入れた。会社で働くすべての人びと、僕たちのために僕たちと一緒に働くみんなに、喜びを常に与えられるようになった。
本書では僕たちがメンローで実際にやっている、とてつもない取り組みについてじっくり見ていこうと思う。メンローが、いま、際立った存在として注目されているのは、こうした取り組みのおかげだ。会社の話と一緒に、僕自身の旅についても書いている。若い頃の喜び、深い失望、そして底抜けの楽天主義を貫いて、仕事に喜びを追求し続けた話だ。
喜びを考えてみよう
思いどおりの組織を設計してそのとおりに変えるというのは途方もない仕事だ。さらにその上、あなたが夢見る会社は実際どんなふうに見えるか、どう運用すればいいのかも考えなければいけない。もし願ったとおりの会社が出来上がったとしたら、一言で表現するにはどんな言葉がふさわしいだろう? 成功? 利益? 活気? 楽しい? 達成? 生産的? 有力? 革新的? ひっぱりだこ?
喜びに満ちた、というのはどうだろう?
あなたが人を集めてチームを作り、新しくて魅力的なものを作り出すのであれば、喜びの定義は簡単だ。
ちゃんと日の目を見られて、楽しんで使ってもらえて、意図した人びとに広く普及するものをデザインし、作り上げること。それが喜びである。
喜びを感じられるのは、プロダクトやサービスを世に送り出し、楽しんでもらえたときだ。道路で呼び止められ、文字どおりこう言われるんだ。「これ、あんたが作ったのか? 大好きなんだよ!」頑張っているチームの気分を高めつつ、こんな成果を達成できたら、と考えてほしい。地上に存在するこの世の企業のほとんどにとっては夢物語でしかない成果を、達成できたなら。
喜びに満ちた会社の一例がメンロー・イノベーションズ社であり、僕が自己中心的に、しかし高い志を持って作ってきたものだ。僕はとにかく、喜びが存在する場所で、喜びを知る人たちと、喜びの成果を出せる仕事をしたかった。仕事を楽しみながら、めざましい結果を出し、長続きするビジネスをしていきたかったんだ。
喜びを真剣に追求したのは、上場企業のR&D(研究開発)担当VP(ヴァイス・プレジデント)として二年間働いていたときだ。そこではじめて、求めていた文化を実現し、インターネットバブルがはじけ、何もかも手放すことになった。そこで僕が二年かけて学んだことが、2001年にメンローとして結実する会社の原型となった。
設立以来、メンローは成長し続けてきた。5回もインク(Inc.)誌のグロース賞を受賞し、3回もオフィスの広さを物理的に3倍にし、そして市場で有力なプロダクトを顧客のために作り出してきた。僕たちの独特な企業文化もかなり注目され、デンマークのCHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)による「地球上で最も幸せな職場トップ10」としても認められた。インク誌による今年の独創的な小さな会社25にも選ばれた。トレーシー・フェントンが設立したWorldBlu主催の、世界で最も民主主義的な職場に、毎年、メンローの名が挙がっている。
毎年のように世界中から、メンローを見学しに何千人もの訪問者がやってくる。その目で僕たちの文化を見て、触れるためだ。僕が毎晩ぐっすり眠れるのは、求めてきたとおりの喜びを手にしているおかげだ。そして毎年ちゃんと利益を出し、外からの投資にも依存しない会社で喜びを生み出したおかげだ。僕たちのカウンターカルチャー的な手法は複雑ではない。とはいえ、単純だから簡単にできるというわけにも、なかなかいかない。
喜び? ご冗談でしょう
喜びとビジネスの成功が一緒に語られることはあまりない。この業界ではとりわけそうだ。複雑なソフトウェアを設計し、構築し、リリースし、運用する業界だ。ソフトウェア業界は何しろ「デスマーチ」という言葉を生み出した前科がある。プログラマーは徹夜し、職場に寝袋を持ち込み、家族や愛する人との時間を犠牲にし、休暇を取りやめる。デスマーチの結末は得てして悲しいものになる。プロジェクトが中止され、永遠に日の目を見ることなくお蔵入りする。プログラマーはズタズタになった自分の生活を目にして、こんなに頑張ったのは何のためだったんだろうと考える。
またこの同じソフトウェア産業が世界に植え付けたのは、ユーザーはバカだという観念だ。「バカなユーザー」が我々の華麗にデザインしたテクノロジーを使おうと思ったら、「サルでもわかる○○」という本が必要だ。何しろ我々の作品を理解できるほど賢くないのだから。ソフトウェア業界は世界に向け、プログラムのひどいエラーや、大きなセキュリティホールといったものは、技術の進歩に伴う避けられない犠牲だと主張している。
僕も他の人と同じくらい思い知っている。信じられないくらい好調にキャリアをスタートしたあとは、喜びとはかけ離れた仕事をしてきた。塹壕に立てこもるプログラマーの次は評判のいい上場企業の役員になった。その間ずっと、いくつものデスマーチでメンバーとして努力してきた。顧客と交わした約束や、チームに課した仕事と格闘しながら、僕は燃え尽き、不眠症になった。品質に問題のあるプロダクトをやむなく出荷し、ユーザーに山のようなトラブルを負わせた。僕が懸念を口にすると、同じレベルの役員が安心させるように、出荷さえすれば手当ての時間は十分あると言った。そんな時間、一度も見たことがない。数多くの問題が予想どおりに報告されてくると、上司には品質の悪いプロダクトを作れと指示した覚えはない、と言われた。
これは自分だけの問題だと思っていた。でも、いまは自分だけではないと知っている。たくさんの人が僕のところに来て、どうしたら職場に喜びを持ち込めるか聞いてくる。ヘルスケアシステム、学校、大学、教会、非営利団体、自動車メーカー、医療機器メーカー……こんな話も耳にする。勢いのある有名企業が企業文化の賞を受賞していても、なかを見れば喜びは影も形もない。
こんなふうではいけない。とらえどころのない喜びを追求するなかで、メンローは自分たちの手法や工程にまつわるすべてを変えてきた。その過程でマネジメントや文化、継続性といったものへの伝統的な考えをひっくり返してきた。過激な変化を通じて多くの学びがあった。そうした学びはソフトウェアチームに限らず幅広い組織に適用できる。僕たちが喜びをビジネスの中心に据えようと努力してきた経験が、あなたがずっと望み、欲してきた変化のヒントとなればいいと、僕は心から願っている。
本書で紹介していくのは、経営者やマネジメントが職場環境に喜びをもたらすために使える知恵だ。予測可能な成果を生む、シンプルで繰り返し可能なプロセス。従来の人事が必要なくなる、効果的な人事管理。意図した消費者のために、専用に設計したプロダクト。問題を知らせる電話が決してかかってこない品質プラクティス。Joy, Inc.は官僚主義の入り込まない組織構造や、会議なしで意思決定する方法を教えているし、「作られた恐怖」を職場から取り除く効果、曖昧さを取り除いて人にエネルギーを与える方法を学ぶことができる。基本的な人間の原則を守ることについても考えていこう。尊厳、チームワーク、規律、信頼、そして喜びだ。
僕自身の旅を例にとっているが、僕たちがとったやり方をそのままあなたに勧めるつもりはない。これまでの経験から、目で見て触れる例はとても役に立つし、ビジネス書ではめったにないのだとわかってきた。僕が生きてきた物語が本書に書いてあり、四十年以上のキャリアを語っている。本書は実験的な物語の本だと言っていい。文化を変える孤独な挑戦に、勇気と元気がもたらされますように。
メンローへの訪問者のなかには、頭のいい良心的な研究者も数多い。彼らは僕たちが作り上げたものを観察し、メンローがうまくいっている理由の理論化に熱心になる。作り上げていく段階では僕らが組織設計やチームワークについて、深い理論的裏打ちをしていなかったと聞くと、たいてい混乱してしまう。メンローにとって喜びの文化を作るのはシンプルだった。毎日仕事に来るのが楽しみでしょうがなくなるような場所を作りたかったんだ。
本記事は会員登録なしでつづきを読むことができます。