すでに出尽くした?デジタルでのクリエイティブ表現技法
メディアが変われば、クリエイターを取り巻く環境も必然的に変わります。これまでの変化を前向きに捉えると、テクノロジーの発展を通じて、表現の自由度が大きく増したと言えるのではないでしょうか。
Macromedia時代にAdobe Flashが出てきた頃、当時の日本のクリエイターの動きはとても早かったと記憶しています。あの時代、間違いなく日本のクリエイターはテクノロジーを組み合わせ、新しい表現を生み出す最先端のスキルを持っていました。もしかしたら、日本のクリエイターは複数のテクノロジーを組み合わせることが得意なのかもしれません。こうした表現への飽くなき探究心が今の環境で存分に発揮されているかと考えると、それは少し疑問です。
そう思う理由は、2010年代にクリエイティブ制作の分業化が進んだことにあります。私がMacromediaで働いていた頃に一世を風靡したのは、「マルチメディアクリエイター」と呼ばれる人たちでした。今ではあまり使われなくなりましたが、絵も描ければ、音楽にも精通していて、プログラミングもできる多才な人たちです。ひとりで何でもできてしまうし、ひとつコンテンツを作ればほかのメディアにも展開できる。当時はクリエイターにとって天国のような環境だったと思います。
2000年代とはクリエイターの表現方法がもっとも多様性に富んでいた時代で、今思えば「クリエイティブのカンブリア爆発」が起きていたのかもしれません。
古生物学では、古生代カンブリア紀の生物は、現代に生きる私たちが想像するよりもはるかに多様性に富んでいて、この時期に今日の生物の祖先にあたるものが出揃ったとされています。
ここ数年で話題になるデジタルでの表現手法の多くは、この時代に原型を見つけることができそうです。たとえば、Airbnb社が開発したLottieというアニメーションライブラリに対する反応は、Adobe Flashが登場した当初を彷彿させます。
その後、テクノロジーの発展と大型化するプロジェクトを経て、いろいろな人たちがクリエイティブ制作に関わるようになってきました。ウェブサイトの制作であれば、UI/UXデザイナー、コーダー、サーバーサイドのエンジニアなどがチームで仕事をするといった具合です。クリエイターは企業の中のいろいろな人たちと連携をして進めていく必要が出てきました。
マーケターとの共創に欠かせないデータ活用
このように、クリエイターの働き方も大きく変わりました。とは言え、面倒なことばかりではありません。たとえばAdobe Sensei(AI)は、今まで眉間にシワを寄せて行っていたような作業を簡単にできるようにしてくれます。さすがにAIに何もかも任せることはできないにしても、クリエイターが描くビジョンの実現を助けてくれます。デジタルテクノロジーの力をうまく借りられれば、斬新な表現手法を操ることのできるクリエイターの黄金時代がやってくる。「心、おどる、デジタル」な世界を実現できるのではないでしょうか。
ここまでお話ししてきたクリエイターを取り巻く環境の変化がコインの表だとすると、裏側で起きている変化も見過ごすことはできません。
それが企業のマーケティングに起きている変化です。これは以前から進んでいましたが、コロナ禍を経て「企業のデータ活用」という文脈で、その動きが活発化しています。「よくわからないけど、何だかデータが大事になりそう」という会社から計画的にデータ活用を進めている会社まで、それぞれの温度感は違いますが、どの会社も顧客理解にデータが必要という点で認識は一致しています。
アドビのお客さまの例で言えば、製薬会社がデータを使ってお客さま(医療機関関係者や将来的には患者とも)と直接つながろうとしています。その背景には、顧客理解から正しい次の一手を知りたいという強い想いがあります。それから、消費者のサブスクリプション志向も見過ごすことのできない変化です。
企業と顧客の関係が「商品を売って終わり」ではなくなりました。これはクリエイターにとって、広告クリエイティブやランディングページを納品して終わりにはできなくなったことを意味します。データを持っているのは企業のマーケティングです。今は別々に仕事をしているとしても、クリエイターとマーケターが共創できる体制を築いていかなくてはなりません。
今回、私が話したクリエイターを取り巻く環境変化は、あくまでもテクノロジーベンダーの視点からの話に過ぎません。もしかしたら、クリエイターの皆さんからは違った景色が見えているかもしれません。この記事を読んで何か気づいたことがあればぜひ知らせてください。ほかの読者と共有したいと思います。