「知恵」×「スキル」=AIに奪われない「価値」
登壇の冒頭、曽根氏は「労力は代替できるが、能力は代替できない」という和田卓人氏の言葉を引用した。たとえAIが台頭しても、それが担うのはあくまで“労力”であり、人間の“能力”は依然として不可欠だ──これが曽根氏の持論である。

曽根氏はこの“能力”を、実行力や達成力といった「Ability」と、体力などの“容量”を示す「Capacity」の2つに分類できると説明する。中でも「Ability」には3つの要素があるという。ひとつは芸術など特殊な分野で発揮されるTalent(才能)、もうひとつは高度な技術を意味するSkill(技能)、そして最後に、日常的な事象を繰り返し再現する力としてのProficiency(熟練)である。
エンジニアに求められるのは、このうち「誰もが身につけられる技能」としてのSkillだ。Skillは経験や学習によって獲得され、知識を拡充することでさらに向上する、と曽根氏は説く。

「知識の中に経験を詰めることは、引き出しの中に物を入れることと同じ」だと曽根氏は言う。引き出しの中が空っぽでは、説明通りにやってもうまくいかない。新しい物事を身につけるには、知識と経験の両方を積み重ね、それらをSkillとともに発揮される「知恵(Knowledge)」へと昇華させることが重要になる。
ここで曽根氏は、スキルを身につけるまでのプロセスを段階的に示す。最初のステップは「無知の知」の自覚から始まり、次に「知る(知識の壁)」、そして「やる(行動の壁)」へと移行していく。
ここで、移行において鍵となるのは、知識を経験と結びつけることだ。たとえば多くの人はリンゴの色を「赤」と認識するが、青リンゴしか見たことがない人は「青」、切る前のリンゴしか見たことがない人は「白」と答える。こうした違いは、知識が経験に依存していることを端的に示している。
これと同じことが、技術選択においても起こると曽根氏は話す。たとえばPostgreSQLとPHP、NginxとApacheのどちらを選ぶかという場面では、「両方に触れた経験がある人は比較検討できるが、一方しか知らない人はその技術を選びがち」になる。仕事の中でのトラブル経験が記憶に強く残るのも、知識と結びついた実体験の一種だ。

経験と知識の積み重ねにより、スキルは「わかる(理解の壁)」の段階に進む。ここからさらに「できる(技術の壁)」へと至ると、いよいよSkillとして発揮されるようになる。そして最終的には「している(習慣の壁)」の段階に至ると、車の運転のように意識せずとも自然にできる「習慣化」の状態に至る。
これらのステップを飛ばしてしまうと、挫折の原因になりかねない。だからこそ、できることを一つずつ着実に増やし、知識と経験の双方を積み上げていくことが、能力を伸ばすための王道なのである。