個人ワークでもデータサイエンスを活用
博報堂テクノロジーズは2022年4月に設立されたテクノロジー戦略会社。「世界一級のマーケティング×テクノロジー会社」を目指し、グループ内のリソースを集約。エンジニアにマッチした人事制度・人材マネジメント体系を備え、外部人材の積極的な採用・育成を推進している。篠田氏は新設された博報堂テクノロジーズで、データサイエンティストとして活動している。
「博報堂は広告会社なので、広告効果の分析はもちろん、近年はデータ分析の結果に基づいたテレビ番組などのメディア・コンテンツ開発や商品開発、テクノロジーを用いた観光プロモーションなどに従事しています」(篠田氏)
篠田氏がデータサイエンスを活用するのは、仕事としてだけではない。「個人ワークとしてもデータサイエンスを活用している」と言う。その例として紹介してくれたのが、「飲み会の帰り道の孤立に、ARシミュレーションで立ち向かう」ことだ。篠田氏は「飲み会の帰り道に孤立してしまうことがある人も少なくないのでは?」と問いかけた。
この課題をコミュニケーションの課題ではなくエンジニアリングの課題として解決。「私を模した3Dモデルを作成し、帰り道をシミュレーションするARゲームを作成しました」(篠田氏)
具体的には飲み会の会場から最寄り駅に着くまでに同僚に話しかけながら、コミュニケーションを最大化するもの。週1回、飲み会に参加すると仮定すると、50回の飲み会の帰り道シミュレーションを行うことで約1年分の飲み会の帰り道の経験知が得られると言う。「仮想環境でゲームとしてシミュレーションすることの良さは、ログを取得できることで、どのような方法を採用すればコミュニケーション量が最大化されるか、機械学習などを用いて解析できることです」(篠田氏)
この取り組みは、メディアに記事として寄稿しているため、篠田氏は「半分業務、半分個人ワークのような仕事」と語る。次に篠田氏が紹介したのは、「電子デバイスを駆使して強制的に感情移入できる漫画を作る」「すべての孤独に悟りとデータサイエンスで立ち向かう」など、データサイエンスを活用したユニークな取り組み。詳しく知りたい方はぜひ、『データサイエンスの無駄遣い 日常の些細な出来事を真面目に分析する』(翔泳社)のチェックをおすすめする。
そのほか、業務として行った事例をいくつか紹介した。ヨガイベントでのデータサイエンスの活用では、インストラクターの脳波を計測し、リアルタイムで脳波をデータビジュアライズしたり、その結果に基づいた音楽を会場に流したりした。また観光案件では、スマートフォンのGPSで取得した位置情報データを解析して施策に活用したそうだ。
「従来、広告会社は広告枠を仕入れてそれをクライアントや生活者に届けていました。しかし今は、その広告枠の価値を、データやテクノロジー、クリエイティブ、コンテンツを使って大きくしてクライアントや生活者に届けることが求められます。自分自身が多動的に感動の当事者となりながら、日常のインサイトをもとにデータやテクノロジーを駆使して、生活者の心を動かす。それが広告会社のデータサイエンティストの役割です」(篠田氏)

AaaS Tech Labでは役割分担をせず、全員参加の開発スタイルを採用
2022年4月、博報堂DYグループに新しいデータサイエンティスト集団「AaaS Tech Lab」が発足した。同組織の役割は大きく2つ。1つは先進的なアルゴリズムでメディア・コンテンツ効果を分析・予測すること。もう1つがデータを駆使した次世代のコンテンツやメディアビジネスの仕組みを開発することである。
AaaS Tech Labに在籍しているメンバーは篠田氏含め6人。入社15年目の篠田氏を除くと、入社1年目が2人、2年目が2人、4年目が1人と全体的にメンバーの年齢層は若め。Kaggle Masterはじめ各人がデータサイエンスコンペに積極的に参加しており全員が自らプログラミングを行う。
博報堂テクノロジーズは各人が働きやすい環境として出社・テレワークを選択できるため、部のメンバーが直接会って話をするのは月に一度あるかないかだという。そんな環境の中でスムーズな組織運営をするために、篠田氏が意識していたのが「Flat&縁起」というキーワードである。
「Flat&縁起」とは全員がフラットにやったことの結果が可視化されるスタイルだという。それを実現するためのルールは3つ。第一のルールは「全員参加の開発スタイル」。業務で扱うデータ群や開発プロダクトは多岐に渡り、かつ有機的につながっている。例えば、テレビ広告効果を予測するものを作ることもあるほか、デジタル広告がテレビの効果でどれだけリフトするのかを計測するツールを作ることもある。
「開発物は有機的につながるので、この人はテレビ担当、この人はデジタル担当というような役割分担は人数的にも機能的にも困難でした。そこで考えたのが全員参加の開発スタイルです」(篠田氏)
そのために採用したのが、KaggleやSIGNATEでなじみのあるLeader Board。プロダクトごとに設置し、それぞれが作成した予測モデルを投稿して、精度を競い合うのである。
「2~3週間して落ち着いてきたタイミングでコードを共有し、ベースラインをそろえる。その状態でもう一度、予測モデルを競う。このような活動を3~4回繰り返して精度を高め、PoCやローンチへと至ります」(篠田氏)
Leader Boardごとにオーナーを立てているが、その人が開発を推進するわけではない。開発のためのドキュメントやデータ、指標の整備をする役割を担う。そしてチームメンバーは同時並行で各プロダクトに参加する形だ。
このような開発スタイルを採用したメリットは複数ある。まずは属人的なコードになりづらいこと。精度検証にならず相互チェックが可能だからだ。第二に個人のスケジュール調整が開発のボトルネックにならないこと。第三にプロダクトごとにLeader Board投稿用のドキュメントやデータが整備されているため、新規メンバーへの研修やOJTが容易にできることだ。
「いいことだらけに聞こえるが、うまくいかないこともある」と篠田氏は吐露する。それは参加メンバーへのインセンティブ付けをどうするかということ。「この件については試行錯誤中」と篠田氏は言う。

フラットなアイデアブレストとフレキシブルな部会
第二のルールは「フラットなアイデアブレスト」である。
「私たちの部署ではデータ・テクノロジーを用いた新しいテレビ番組企画や観光プロモーション企画など、月に2~3件、企画のためのアイデアブレストが発生します」(篠田氏)
そこで採用したのが、匿名性で投票型のディスカッション。「当社では社内の業務ツールとして実名のチャットツールを使っていますが、それとは別にブレスト用として部内のメンバーに閉じた、匿名性かつ投票型のチャットツールを用意しました」(篠田氏)
ソリッドな意見が出やすく、チャット自体が盛り上がることはもちろん、リアルなミーティングでのディスカッションも活発化した。意見の集約もしやすく、進行もスムーズになったと言う。
第三のルールはフレキシブルな部会。同部署ではプログラミングだけではなく、企画を考える必要があるため、「目線とリファレンスを共有することが重要になる」と篠田氏は続ける。
そのために毎週実施する部会は2時間。「長いと思うかもしれないが、そのほとんどの時間をゼミとニュースレターに費やしている」と言う。ニュースレターとは業務連絡のほか、篠田氏が面白いと思ったテクノロジーやコンテンツの情報をレターとして書きつづったもの。部会の前にメンバーにシェアし、これに沿って部会は進行していく。一方のゼミは、最近の気になる技術動向や個人研究開発などを持ち回りでスライドにまとめてシェアするものだ。

このようにFlat&縁起というキーワードで、部長も新人もフラットなチャンスの中で、自分がやったこと・貢献したことをログに残して可視化していくことに取り組んでいる。以上の取り組みにおいて責任と決裁の明確化は必須で、全て篠田氏が負うそうだ。篠田氏によるデータサイエンティストの組織運営の試行錯誤はこれからも続く──。
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