根拠あるデータで相対化、入社半年でスタートさせた「データ分析プロジェクト」
データ分析が普及、高度化するにつれ、データというエビデンスを根拠に意思決定していく動きが随所に見られる。例えば医療なら過去の治療データを根拠に効果的な治療を模索する。教育や経営などでも似たような動きが見られる。
パーソルキャリアの倉持裕太氏は大学院で人材の職場学習に関する研究に取り組み、心理統計学に詳しい。就職活動時に「エビデンス・ベースド・マネジメントを実践する夢を叶えたい」というパッションを抱き、2022年にデータサイエンティスト職として新卒入社した。
講演冒頭、倉持氏は「エビデンス・ベースド・マネジメントの逆の言葉は何だと思いますか?」と参加者に問いかけた。エビデンス・ベースド・マネジメントが「意思決定の際に、経験や勘に頼るのではなく、データや科学的な知見にもとづいて判断するアプローチや手法」なので、その逆とは何か。
答えは「オレ/ワタシの必勝法」だと倉持氏は言う。つまり、「こうやれば、うまくいく」とそれぞれが確信している方法だ。エンジニアであれば「この場面ならこう処理するのが鉄板」などの経験則があるだろう。
なかには不思議な経験則に基づく判断もある。ちょっと極端な例だと、コロナ禍において「社員は監視されているほうが生産性が高まる」というイメージで「リモート勤務はWeb会議に常時接続でカメラオン」というルールが定められた企業もあると聞く。
多かれ少なかれ、個人や組織には論理的ではない、根拠に欠ける謎ルールがある。すべてが悪いものではなく、きちんと機能するのであれば有用だ。ただし検証する必要はあるのではないだろうか。「本当にベストなやりかたか? 今の時代にフィットしているか?」と。
倉持氏は心理学的な観点から「人間は自分に都合のよい(自分の理論に合う)情報を集める癖があります。そうして自分の理論を強化していきます」と説明する。どこかのタイミングで自分の間違いに気づいたとしても、なかなか自分の必勝法が捨てられないものだ。
「エビデンス・ベースド・マネジメントはこの必勝法をデータや科学的な知見に基づいて相対化し、軌道修正します。正しく実践されることにより、経営はもちろんのこと、多くの人の、目の前の仕事がより良いものになると私は信じています」と倉持氏は言う。
データサイエンティスト職で入社すると、人事部と兼務になり業務を開始した。新卒採用部の採用領域の実情を見せてもらいにいくと、まず気になったのが「データが死蔵されている」ことだ。
データ分析の理想としては、実績からフィードバックをもらい、改善して次につなげるサイクルで運用する。しかし実際は豊富なデータを翌年の採用活動に活かしきれていなかった。新卒採用の現場では「データをしっかり見て、改革を行いたい」という意欲はあった。しかし、データの活用の方法がわからなかったり、日常の業務に忙殺されていたりして、本格的なデータ分析プロジェクトに取り組めないでいた。
そんな実情を見て倉持氏は「すごく使命感を感じました。まだ入社半年ですが、私が立ち上がれば何か変えられるかもしれない」と一念発起し、周囲に相談して「新しい新卒採用のありかたを探るデータ分析プロジェクト」をスタートさせた。
数々の困難を乗り越えた、データサイエンティストとしての成長とは
当初は「自分の夢につながる仕事に、こんなに早くから取り組めるなんて幸せだ!」と高揚したものの、その後に数々の試練に直面することになった。なおデータ分析のステップは下図のように進めた。
最初の困難はデータ収集だ。「データ収集なんてデータベースから一気に引き抜けばいいのでは」と思えるかもしれないが、多くの場合そうではない。まず新卒に関係するデータが各部署に散在していた。データの管理者が誰かを探して、協力を仰ぐなどの交渉も経験した。
期待していたデータを入手できないこともあった。仮説を立てて準備したものの、実際にデータをもらおうとすると「この前消しちゃったんだよね……」と告げられて絶望することも。データがないとなると、仮説を再度組み立て直さなくてはならない。
データが分析できる形ではなかったケースも多発した。部署によりデータの形式はまちまちだ。データを分析する立場からすると、データは表にきれいに収まるような「プレーンな(正規化された)」形が理想的だ。しかし実際には「かつて誰かが作ったマクロが“秘伝のタレ”のように代々引き継がれていた」ようで難解なものも少なくなかった。
データ分析ではよくあることだが、分析できるようにするまでの前準備が大変なのだ。「何度も投げ出したくなりました。きついと感じながらも、地道にやるしかないので、時間をかけて徐々にデータセットを作りあげていきました。1週間で終わらせる予定でしたが、この時点で1カ月以上が過ぎていました」と倉持氏。
もう1つの困難はデータ分析だ。いよいよ分析しようという段になり、意気揚々と始めたもののスムーズには進まなかった。まず、手がかりがなかった。社内には大規模な人事データ分析の前例がなく、他社の人事データ分析の事例についても、詳細を調べようにも公開されていない。
実践的なスキルも足りなかった。大学院で勉強したものの、まだ経験や専門スキルを蓄積できていなかった。倉持氏は「熱意があるからデータサイエンティストになれたものの、データ分析のスキルが圧倒的に足りませんでした。勉強しては挑戦して、失敗してを繰り返す日々で、本当に何度も心が折れかけました。しかし大量の失敗から学び続けることで、徐々に方向性が見えてきました」と振り返る。
なんとかデータ分析の結果が形になり、自信満々で報告した。内容は「新卒社員は性格や思考で4タイプに分類できます」というものだった。現場からは「すごいんだけど、それでどうするの?」という反応が返ってきた。そこで倉持氏は「データからインサイトを得ることばかり意識が向いていて分析結果を現場業務にどう活かすかを念頭においていなかった」と気づくことができた。
さらに試行錯誤を繰り返し、データを結びつけていくことで新たな発見にたどり着いた。倉持氏が見つけた4つのタイプから、それぞれのキャリアパスの傾向や必要なサポートの形が見えてきたのだ。例えば「ガッツあふれるタイプの勢いを落とさないサポート方法と時期は?」など、こうした発見から今後は人事戦略に合わせて、どのような人材を採用していくべきかの指針にもつなげている。
倉持氏は「多くの困難を乗り越えてプロジェクトを成功に終わらせることができました。従来の必勝法を相対化し、データ活用と組み合わせることでより良い新卒採用のあり方、新たな仕組み作りをスタートしています。偉大な一歩であるものの、まだ一歩でしかありません。これからもこうした課題にひたむきに進んで行きたいと思っています」と話す。
そして最後に倉持氏は「今回のストーリーで皆さんが持つ“オレ/ワタシの必勝法”が本当に正しいのか、時代に合っているのか、最適なのかを考えるきっかけになればと思います」とメッセージを残して講演を締めた。