本記事は『プロジェクトマネジメントの本物の実力がつく本 組織力・コミュニケーション能力・リーダーシップ・キャリア構築力を全部鍛える』の「」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
初めてプロジェクトを一人で任されて不安でたまりません
Q これまで見習いの状態だったところから、今度新しいプロジェクトを一人で任されることになりました。しかし、不安でたまりません。こんなに不安になるということはプロジェクトマネージャーに向いていないのでしょうか?
A その不安はとてもよくわかります。実は私はいまでも新しいプロジェクトに取り組む際は、四半世紀の経験があっても不安になります。しかし、不安とはどのような心の動きかを考えてみると、そのこと自体は悪いことではないことがわかるでしょう。
人が不安になるときは、その対象となる物事でわからないことが多い、つまりリスクがあることを適切に認識しているというサインだからです。
重要なのは、その不安をどのようにコントロールできるかです。自分が何に対して不安を感じているのか、なぜそれを不安に感じているのかをよく考えることが最初のステップです。
目の前の課題や多忙な状況にとらわれていると内省が難しいこともあるので、その場合は趣味などで心を無にできる状態にしたり、人に相談してみたり、ノートなどに課題や不安を書き出してみたりすると、自然と自分の不安を客観的にとらえられるようになります。
不安の原因を特定することができれば、次は日々の仕事の中でそれをどうやって解消するかを考えていけばいいのです。
プロジェクトを行う際の不安との向き合い方の注意点は、それを表に出す場面を適切に見極めることです。プロジェクトでは多くのメンバーや関係者が不安な状況にあるため、リーダーであるプロジェクトマネージャーがそれを表情や言葉などで表に出すことはできるだけ避ける必要があります。
リーダーが不安にとらわれていると、それについてくるメンバーや関係者も不安になり、パニックや集団思考の原因となるでしょう。もしあなたが集団で登山をするときにリーダーがつねに不安を口にしていたら、ついていきたいと思うでしょうか?
とくにプロジェクトの初期はわからないことが多いため、メンバーや関係者は期待と不安が入り交じった状況にあります。そうした状況では、プロジェクトマネージャー自身が大きな不安を抱えていても、あえて表情や言葉にはそれを出さず、ある意味で「ハッタリを利かせる」必要があるのです。
プロジェクトにおいて不安は本質的な課題です。プロジェクトの不安に対処する際は、自分自身の不安が何かを把握し、日々その解消に向けた取り組みを進めること、そして周囲に対しては不安を見せないことが鍵となります。
どうやって不安と闘うのか
わかっていることとわかっていないことを明確にする
プロジェクトの不安は不確実性、つまり「何が起こるかわからないこと」に起因します。そこで、不安の対処法としてまず必要なことは、早期に全体の見通しを立てて「今後どうなりそうか」という予測をプロジェクト関係者で共有することです。
通常、プロジェクトでは開始当初にプロジェクト計画を作成します。その際に「いま何がわかっていて、何がわかっていないのか」を明確にすることが有効な対処となります。
漠然とした未知の可能性は人に不安をもたらしますが、明示された「わかっていないこと」は今後チームや関係者で協力して解決しなければならない「課題」へと転換することができるのです。
さらに、「わかっていないこと」について、「いつ何を実施すれば具体的な検討事項になるのか」についても関係者で共有すれば、より未来への不安を解消することができるでしょう。
みんなの不安を落ち着かせる
不確実性をマネジメントする取り組みであるプロジェクトでは、リスクが存在しないことはまずありません。そうしたプロジェクトの中で、プロジェクトマネージャーにリーダーとして求められる役割は、まず「みんなの不安を落ち着かせること」なのです。
しばしば、プロジェクトマネージャーであるにもかかわらず、「わかっていないこと」があること自体を問題視したり、局所的なリスクを針小棒大に取り上げて大騒ぎしたりすることがあります。これは周囲を落ち着かせるどころか、かえって不安を増大させ、チームワークの効率性や生産性を大きく低下させます。
また逆に、すでに判明しているリスクを無視して対処すべき課題として取り上げず、現実を無視した過度に楽観的な雰囲気を関係者にもたらしてしまうことで、リスクがトラブルとして顕在化した際に対応が手遅れになってしまうケースもあります。たとえば、要件変更によってプロジェクト計画で合意したQCDのスコープが守られないことを認識していながら放置して炎上したり、脆弱性に関するリスクを放置して発注者や所属する組織に大きな損害を与えてしまったりした場合などは、実質的な責任を問われることもあります。
プロジェクトでは、リスクを放置することによってそれが自然に解消されることはまずありません。プロジェクトの目的と目標を達成させるためには、不安の原因となるリスクを明確に把握し、その対策を計画へと落とし込んでチームや関係者に伝えていくことが必要です。
集団思考のリスクを回避する
不安になることは普通の生理現象
不安やその裏返しである過度な楽観主義は、理性的な動きというよりは生物の本能的な心理的機構によるものです。動物園でサルを眺めていると、ときおり一部で発生した争いがパニックとしてサル山全体に伝播していく様子を見ることができます。
サルと同じ霊長目の類人猿を祖先にもつ人類も同じです。不安や過度な楽観的な雰囲気はプロジェクトにかかわるチームや関係者に伝染していきます。一度それらが集団に浸透してしまうと、後からロジックで修正していくのはなかなか難しいことです。
「集団思考」の傾向
また、不安はメンバーの心理的なバランスを崩すことで、チームや関係者を非合理的な判断をしやすい状態に導く原因となることもあります。この状態を心理学では「集団思考」とよびます。ある集団が集団思考に陥っているとき、次のような傾向が現れます(出典:原田純治『社会心理学』ブレーン出版、1999)。
- 勢力・道徳性の過大評価:絶対に失敗しないという過剰な自信、自分たちは正しいことをいっている、という思い込みのこと
- 精神的閉鎖性:自分たちにとって不利な情報を無視する、自分たちと相対する考え方が「悪」であると決めつけること
- 意見の斉一化への圧力:異議を唱える集団構成員に圧力を加える、疑問や疑念を口にするのを控えること
つまり、人間は不安によるパニックを避けるために、根拠の弱い主張にすがったり、自分たちに不都合な事実や意見を排除したり、見て見ぬふりをしたり、あえて「空気」を読んで自分の見解を表明しなかったり、集団の外に「敵」を見出したりすることで、集団の中で「満場一致」の状態をつくってその状況を乗り切ろうとする傾向があるのです。
誰しもこのような状態に身に覚えがあるのではないでしょうか。とくに、不確実性の高いプロジェクトの取り組みはかかわる人が不安にとらわれやすいため、各自がつねに意識していないと集団思考に陥りやすいのです。
集団思考に陥っていないかをチェックする
プロジェクトを成功させるためには、日々の議論の結論や調査の結果、タスクの進捗などの確固たる事実、さらに潜んでいるリスクやそれが顕在化した際のトラブルなど、プロジェクトの見通しにとって不都合となる可能性があるものを適切にあつかわなければなりません。
とくにリーダーとしての役割をもつプロジェクトマネージャーは、チームや関係者が不安によって集団思考に陥っていないかをつねにチェックする意識をもち、適切な心理的バランスを保っていくことが求められるのです(図1)。
集団思考に陥っている際、人はしばしば高揚感から何もかもがうまくいっているような錯覚にとらわれます。しかし、否定のしようがない現実を突きつけられたとき、大きな落とし穴に落とされたような気分になって他人を責めようとすることがあります。これはチームワークを阻害し、プロジェクトの成功を大きく危ぶませる要因となります。
シニアクラスのプロジェクトマネージャーは、しばしばチームや関係者が盛り上がっていても「クール」や「ドライ」な印象を与えることがありますが、それはこうした集団思考に対する警戒が一つの理由となっているのです。
プロジェクトマネージャーとまわりの関係者との認識のギャップ
チームの外でも適切な心理状態を保つ
プロジェクト関係者の心理状態がどの範囲まで適切に保てているかは、プロジェクトの継続において非常に重要です。
たとえば、プロジェクト実行チームではリスクに関する適切な心理状態が保たれており、モチベーションを高くもって順調に遂行できているにもかかわらず、プロジェクトの計画や予算の承認を行う組織の意思決定者が不安状態に陥っている場合、プロジェクトのリスクが過大に評価されてしまい、適切な判断や対応が行われないことがあります。
これは意思決定者までプロジェクトのリスクと課題の適切な認識が浸透していないために発生しますが、プロジェクトマネージャーなら誰しも一度はこうしたことを経験したことがあるのではないでしょうか。その背景には、「プロジェクト理解の非対称性」の問題があります。
つねに正確な認識を共有することが大切
プロジェクト理解の非対称性とは、プロジェクトマネージャー自身がもっている認識と、プロジェクト実行チームのメンバー、プロジェクト外部の意思決定者や協力者・協力企業がもっている情報や認識がそれぞれ大きく異なることを指します。
たとえば、経験10年以上のシニアクラスの優秀なプロジェクトマネージャーはプロジェクト開始当初のスライド10枚程度の企画書や RFP(提案依頼書)を眺めただけで、そのプロジェクトが成功しそうかどうか、どのようなリスクがあり、どのようなトラブルが発生するかをかなりの精度で見極めることができます。
しかし、同様の見解をプロジェクト関係者全員がもつことは現実的に難しいでしょう。そこで前述した通り、プロジェクトマネージャーは関係者に対して落ち着いてプロジェクトのリスクに対処できるよう認識を共有する必要があります。
ところが「相手が何をどの程度わかっていて、何をわかっていないのか、何に対して不安を感じているのか」をつねに適切に把握していくのは非常に難しいことなのです。
認識をそろえることは大きな労力が伴う
プロジェクトに対する理解力はその人がもっているリテラシーや仕事の経験、想像力によって異なりますし、その人が不安になりやすいかどうかも性格的な個性によって異なります。
実際に目の前にいる人々の経験や特性を踏まえ、説明によって適切に関係者を安心させていくのはかなりの注意力と労力が割かれる取り組みです。
また、プロジェクト実行体制上、意思疎通が難しい環境であったり、時間や工数の観点で十分な説明ができなかったりすることはよくあることです。序章でお話しした通り、プロジェクト自体はうまくいっているのに、組織からのバックアップがないために失敗してしまうケースは実はかなり多いのです。
認識のギャップへの対策
ギャップを埋める2つのポイント
プロジェクト理解の非対称性によってプロジェクトが失敗してしまうケースに対して、どのように対策を講じればよいのでしょうか。ここでは次の2点を紹介します。
- プロジェクト実行チームだけでなく、計画を承認する意思決定者やプロジェクトを遂行するうえで必要不可欠となる協力者や協力企業に対して、こまめにコミュニケーションをとって不安や過度な楽観主義を防ぐこと
- 組織にプロジェクトのリテラシーを増やしていくこと
基本的にはプロジェクトマネージャーと組織の意思決定者の間の報連相に関するコミュニケーションラインをつねにもっておくことです(図2)。
さらに組織のミッションを背負っているプロジェクトを実行チームに丸投げするのではなく、意思決定や支援を行う組織側でプロジェクトという取り組みに対するリテラシーを蓄積できるようにすることが必要です。
ドキュメントで理解の橋渡しをする
プロジェクトの理解に関する非対称性をカバーするためには、こまめな報連相に関するコミュニケーションと組織でのプロジェクトのリテラシーの蓄積が必要です。しかし、これらは労力がかかる取り組みでもあるため、いかに効率化するかが鍵となります。
その鍵となるのが、プロジェクト計画や要件定義書などのドキュメントです。これらについては前著『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』(翔泳社、2022)でも説明しましたが、できるだけ可視化して誰でも理解できるようまとめておくのがポイントです。
誰でも「プロジェクトがいまどうなっていて、現在どんな課題があって、今後どのように進んでいくのか」がわかる資料があれば、プロジェクト理解の土台となって、毎回説明する手間も省けて効率化をもたらすことができるのです。
燃え尽きないための時代のとらえ方
燃え尽きやすいマネージャー職
プロジェクトに取り組むということは不確実性がもたらすリスクや膨大なタスク、予想できないトラブルだけでなく、人々が抱える不安や不安がもたらす集団思考と闘うことでもあります。
組織の意思決定者として多くのプロジェクトを抱えたり、個人のキャリアとして継続的に繰り返しプロジェクトをやっていたりすると、トラブルが複数のプロジェクトで重なったり連続して起こったりして、自ら大きな不安の波にのみ込まれて、過度のストレスを抱えて挫折してしまうこともあるでしょう。
マイクロソフトが実施した国際的な調査によると、実に53%ものマネージャーが「燃え尽き症候群」を経験したと回答しています(出典:https://www.microsoft.com/en-us/worklab/work-trend-index/hybrid-work-is-just-work)。
プロジェクトの大航海時代
このようにプロジェクトのマネジメントは心理的な負担の大きい仕事ですが、それを上回るような魅力があります。実際、私が20年以上こうしてプロジェクトのマネジメントに携わってこられたのも、それだけ手応えを感じられる面白い仕事だからです。
プロジェクトとは、たとえるなら未知の海域において未知のトラブルに対処しながら仲間とともに目的地へと進む一つの「航海」です。競争の激しいビジネス環境下で新しい価値や利益のためにプロジェクト推進がつねに求められており、現代はまさに未知の可能性の海へとたくさんのビジネスパーソンが出航する、プロジェクトの大航海時代といえるでしょう。
逆境の時代だからこそのチャンス
しかし、プロジェクトはそもそも成功率の高い取り組みではなく、必要な技術や認識、環境も整っているとはいいにくいのが現状です。
正確な海図や高度な航海技術、困難に耐えうる船舶がない状態で航海しているのと同じような状況だといえます。このような状況では、少なくない人々が航海の果てに大海原で遭難してしまうことにもなりかねません。
とはいえ、プロジェクトの環境が整うのを待っているわけにもいきません。序章でお話しした通り、プロジェクトへの取り組みはとくに日本においては喫緊の課題となっているからです。また、多くの企業や個人がプロジェクトをうまく実施できない状況は、裏を返せばそれだけ大きなビジネス上のチャンスがあるといえます。