荒谷大輔教授
慶應義塾大学教授。専攻は哲学、倫理学。哲学の理論をもとに社会の枠組みを変えていくことを重視しており、「ハートランド・プロジェクト」では新しい贈与経済を社会実装する試みを行っている。
古賀優輝氏
フリーランスエンジニア。SIerとしてキャリアをスタートし、ネットワークサーバやデータベースのインフラ運用管理・構築に従事。その後、社内SEとしてVBやC#など、.NET系アプリケーションの開発にも携わる。
小野田雅之氏
元エンジニア。現在はITコンサルティング企業であるシグマクシスでディレクターとして金融系のプロジェクトに従事。
資本主義の歪を技術で補完するハートランド・プロジェクトとは?
──「ハートランド・プロジェクト(以下、ハートランド)」とは具体的にどんなプロジェクトなのでしょう。
荒谷:他人に何かしてあげること、つまり贈与の記録にブロックチェーンを活用することで、束縛のない贈与経済を実現するプロジェクトです。
贈与経済といってもピンとこない方も多いと思うのですが、例えば職場で問題になることが多い「やりがい搾取」などは現代に残る悪しき贈与経済の典型だと思います。
「やりがい搾取」とは、働いている人に対して「やりがい」という目に見えないものを労働の対価として意識させ、低賃金や劣悪な環境で働かせることです。働かせる側である雇用主や上司の権力に目が向きがちな問題ですが、そもそも、何でやらされる側も自発的に従うのでしょうか。
実はやらされる側にもメリットがないわけではないのです。その場での「見返り」はなくても、これをきっかけに「目をかけてもらう」ことで権力ピラミッドの中で上位に昇る仕組みがあること(あるいは、どうやらあるらしいこと)が少なくとも雰囲気として共有されていて、記録に残るわけではないから裏切られるかもしれないけれども、巡り巡って自分がメリットを享受する側にまわれる(かもしれない)ということで贈与が行われているわけですね。その場面だけ切り取れば「見返り」がないように見える贈与が実は「経済」的な意味をもつと期待されるので、贈与の連鎖が起こるというのが現代にも残る贈与経済なのです。資本主義経済の中でも贈与経済は生きているわけです。
こうした贈与経済の負の側面をブロックチェーン技術で解消し「贈与経済 2.0」を実現する試みがハートランドとなります。面白いのが、このプロジェクト自体が「贈与経済 2.0」の実証の場でもあるということなんです。小野田さんも古賀さんも、ハートランドを実現するアプリを開発していますが、お金という報酬を得ているわけではありません。しかし、そうやって見返りなくコミットいただくことが、贈与経済において価値をもつ「社会的信頼」となるのでした。
金銭的な報酬はなし。なぜ、参画したのか
──プロジェクト参画のきっかけを教えてください。お金にならないことは、気にならなかったのでしょうか。
古賀:きっかけは甥が生まれたことですね。日本の未来を支える子どもたちのためにも、今うまく機能していない社会を何かしら変えることができないかと考えました。
そう考えていた一昨年、荒谷さんのハードランド関連の記事を見て、関わってみたいと思いました。Discordのハートランドコミュニティに参加したところ、その流れで開発に携わることになりました。
小野田:私の場合は一昨年に初めてWeb3.0の領域に触れ、調べれば調べるほど、今までにない可能性が無限に広がってる領域だと感じたことです。半年ぐらい経った頃、未来の金融業を考えるうえで、社内でWeb3.0やブロックチェーンに関する研究開発企画が立ち上がりました。その時、私もハートランド・プロジェクトのことを知ったのです。当時、ブロックチェーンというと暗号資産の技術という見方が主流でしたが、ハートランドでは資産価値ではない価値の形成にブロックチェーンを活用することに面白さを感じ、参画させていただくことになりました。
古賀さんがおっしゃったように、私も子どもたちが将来、大きくなったときに、資本主義とは異なる価値交換のオプションを増やしたい、そういう社会作りに携わってみたいと思いました。それが動機なので、お金のことは気になりませんでした。