エンジニア自身と、その周囲の人の夢も叶えるためのエンジニアリング
しかし、ビジネスとの距離感を磨いていくのは簡単なことではないと、河合氏は言う。ビジネス側の課題を理解する、つまり課題の抽象度を高めるほど、視野が広がり、ビジネスとの距離感が磨かれる。しかし、ビジネスのことを考えれば考えるほど、技術に使えるリソースが減り、エンジニアとしての仕事と両立するのが難しくなるからだ。

いっそ事業と関わろうとせず、ひたすら技術に集中するという選択肢もあるのではないかと、河合氏は問いかける。エンジニアの市場価値が高い以上、事業貢献を無視して技術に邁進しても、キャリア的な価値は下がらないかもしれない。しかし、続けて河合氏はこうも言う。
「ビジネスとの距離感を掴むことは義務ではありません。しかし、エンジニア自身とエンジニアリングに関わるすべての人の夢を叶えるためには、習得すると良いことがあります。それが『ビジネスとの距離感の難しさ』に対する私の答えです」
エンジニアとしての夢とはなんだろうか。ここで、河合氏がプログラミングに触れるきっかけになったエピソードを紹介しよう。
河合氏が、初めてプログラミングをしたのは中学校の時だった。それは、宿題を3分で終わらせるスクリプトだった。当然、先生にばれて怒られたが、宿題をハックしたことがきっかけで、河合氏はプログラミングに魅せられた。高専、大学では、ロボコンやプログラミングコンテスト、機械学習の研究開発などに参加し、技術漬けの日々を送ってきた。現在ではエムスリーでVPoEを務めながら、OSS開発や、登壇・ブログ・ポッドキャストを通して活発な情報発信を続けている。さらにAI/MLの認定開発者として、日本に10人ほどしかいないGoogle Cloud Champion Innovatorにも就任した。
「中学生の時に触れたプログラミングは、今のキャリアや活動の原点であり、私にとって、人生を切り開くツールでした。それにたくさんの人が、私が作ったものを見て喜んでくれました。だからエンジニアリングは、自分だけでなく、周囲の人の夢も叶えるツールだと思っています」(河合氏)
今、河合氏がエンジニアリングについて積極的に情報発信しているのも、一人でも多くの人に「エンジニアリングがめちゃくちゃ楽しい」ということを伝えたいからだ。
そしてエンジニアならば、新しい技術に触れたい、難しい技術に触れて知識欲を満たしたい、技術を通じてキャリアアップや社会的な貢献、自己実現をしたいなど、さまざまな夢があるはずだと、河合氏は言う。しかし企業も社会も、さまざまなエンジニアだけで成り立っているのではなく、そこにはさまざまな人々が関わる。例えば会社の同僚、経営者、さらに視野を広げれば、家族や友人でさえ含まれる。エンジニアとしての自分の夢を広げ、実現に近づけるためには、周囲の人々の夢も一緒に叶える必要があると、河合氏は熱く語る。
「私の考えの出発点には、経営、営業、バックオフィスや、もちろんエンジニアにもさまざまな人々がいて、全ての事業貢献に感謝とリスペクトが必要だという思いがあります。まるで『葬送のフリーレン』のように、一緒に旅する仲間として、お互いの夢を知って、一緒に叶えていく。その中で自分がやりたいことも実現できるんです」(河合氏)
つまりエンジニアの夢とは、技術的モチベーションやキャリアと言い換えても良いかもしれない。そして周囲の人々の夢とは、営業、マーケティング、経営など、さまざまなステークホルダーの要望や課題と考えることもできるだろう。それらの人々がRPGのパーティーのように、専門職として、共通の目的のもとで役割分担するからこそ、事業への貢献とエンジニアとしての挑戦を両立できるというのが、河合氏の伝えたいことだ。
