「足し算の成長」と「掛け算の進化」が切り開く自己実現
河原田氏は再び「アスタリスク」(*)に立ち戻り、「掛け算記号としてだけでなく、『ワイルドカード』としての意味も持つ」ことに触れる。すなわち、ソフトウェアエンジニアとMBAに加え、もう一つの要素を組み合わせることで、キャリアに新たな価値を生み出せるという考え方だ。その一つの例として、自身の「翻訳」という活動を挙げる。
河原田氏は『LEADING QUALITY』という書籍の翻訳を手掛けており、QAエンジニアとしての専門性を持ちながら、翻訳を通じて技術や知識を日本の読者に届けることに使命感を抱いている。その背景には、文系出身という自身のバックグラウンドがある。
大学時代には翻訳論をテーマに卒業論文を執筆するなど、言語や表現の仕組みに興味を持ち続けていた河原田氏は、海外のカンファレンスへ訪れた際に『LEADING QUALITY』に偶然出会ったという。この本では、アジャイル開発の普及に伴い、製造業で培われた品質マネジメントの知識が「断絶」している現状に警鐘を鳴らしている。その内容に強く共感した河原田氏は、「機械翻訳に頼らず、正しい日本語で伝えたい」という思いから、時間をかけて翻訳を進めたと語る。
「偶然の積み重ねで翻訳という活動がキャリアに加わり、結果的に独自の強みとして形になった」。翻訳は報われにくい仕事であるとしながらも、「日本における翻訳文化の意義を考えれば、その一端を担えることは大きな価値がある」と、満足げに振り返る河原田氏の姿が印象的だった。
河原田氏は、キャリア形成の新たな視点として「掛け算の進化」を提案する。心理学者のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した『計画的偶発性理論』を引き合いに出し、「好奇心や柔軟性、冒険心を持つことで、偶然を活かす機会が増える。そしてその偶然の中に、自分にとってのアスタリスク(ワイルドカード)を見つけられれば」と背中を押す。
これらを踏まえて河原田氏は、キャリア形成における成長について次のように総括する。「同一直線上を疾駆する『足し算の成長』は大切だ。しかし、それだけで終わらず、線から面へ、面から立体へと広がる『掛け算の進化』にも目を向けてほしい。その組み合わせ方に正解はない。すべてが個々人のものであり、そのプロセスと結果こそが自己実現と言える」。
異なる分野の知識や経験を掛け合わせることで、エンジニアとしてのキャリアの可能性は無限大に広がっていくのだ。
