現場で活躍するスタッフエンジニアの4タイプ
スタッフエンジニアとは何か──それは一言で定義することができない、極めて多様な実務の集合体である。増井氏が監修・解説を務めた書籍でも、その複雑性ゆえに、全体の半分以上が現場で活躍するエンジニアたちへのインタビューで構成されている。理想像を語るよりも、「実際にどう働いているのか」という実例にこそ、このロールの本質が現れている。
とはいえ、まったく無秩序に見えるスタッフエンジニアの仕事も、ある程度の分類は可能である。同書では、それらを4つのアーキタイプ(原型)に整理して紹介している。
最も馴染み深く、日本でも比較的浸透しているのが「テックリード」だ。これはシニアエンジニアの延長線上に位置し、チームの技術的意思決定に責任を持つ役割である。技術選定や技術的負債の管理、開発プロセスの設計、プロトタイプの構築など、現場と密接に関わりながら技術の「足場」を固める。短期的なプロジェクトの成功にコミットしつつ、技術ロードマップの策定にも深く関与する。
テックリードが比較的短期志向であるのに対し、次に紹介される「アーキテクト」は中長期的な技術的健全性を担うロールである。技術スタックの最適化、システムの再設計、マイクロサービス化の推進など、構造的かつ長期的な視点で技術戦略を描く。特にインフラ刷新やクラウド移行といった大規模な変革の場面では、強いリーダーシップとビジネスとの整合性を見据えた判断力が求められる。
3つ目のアーキタイプは「ソルバー」。一見すると聞き慣れないが、実は多くの現場に存在している。「困ったときに呼ばれる人」「火消し役」として、技術的トラブルやプロジェクト炎上などの緊急事態に対応する専門家だ。任命されて現場に投入されることが多く、問題解決能力、スピード感、そして周囲との信頼関係が極めて重要となる。障害対応やスケジュール遅延の是正など、組織の安定性に直結する役割でもある。
最後のタイプが、「ライトハンド」と呼ばれるロールである。これはCTOなど経営層の「右腕」として活動する存在であり、スタートアップの「CTO室」に所属するケースが多い。CTOの代理として意思決定を行うこともあり、技術的判断のみならず、組織設計や経営判断の補佐など、より経営に近いミッションを担う。規模の大きな企業では、CTO一人では担いきれない領域を巻き取る、戦略的な橋渡し役である。
「このようにスタッフエンジニアとは、単一の明確な役職ではなく、複数の専門性と役割を内包したキャリアのフレームワークであるべきだ」と増井氏は語る。現場にはすでにこうした役割を担っている人物がいるにもかかわらず、公式な肩書きが存在しないケースが多い。そのため、他部署や新入社員からは、その人の重要性が見えにくくなる課題がある。
そこで重要になるのが、「名前を与えること」だ。変数や関数に適切な名前を付けるのと同様に、明確なラベルを与えることで役割が可視化され、組織全体での認知や連携が進む。スタッフエンジニアの名称と、4つのアーキタイプは、まさにそのための仕組みなのである。
また最近では、「インディビジュアル・コントリビューター(IC)」という呼称も広がっているが、スタッフエンジニアはその上位に位置する包括的な概念として捉えるべきである。組織に所属しながらもマネジメントに進まず、技術によって影響力を発揮する──スタッフエンジニアは、技術に生きるエンジニアにとってのキャリアの再定義でもあるのだ。
スタッフエンジニアのロールを深く理解するには、日々の行動パターン、すなわち「何をしているのか」を知ることが非常に有効だ。増井氏によれば、監修・解説した書籍には、実際のスタッフエンジニアがどのような1週間を過ごしているかを詳細に紹介したパートもあり、抽象的な定義では捉えきれない実像を浮かび上がらせる内容になっているという。
興味深いのは、スタッフエンジニアの業務が単なるリーダーシップにとどまらず、「フォロワーシップ(後進の育成)」も重要な軸となっている点だ。技術戦略の策定やプロジェクトの技術的リードといった上流工程に関わる一方で、後輩エンジニアの育成や、技術的視座の底上げにも積極的に関与している。

例えば1on1やコードレビューといった直接的な関わりに加え、アーキテクト志望のエンジニアに対し、経営会議へのオブザーバー参加を促すといった間接的な成長支援も行われている。事業計画の理解がアーキテクチャ設計に直結するという視点の転換を促す役割を担っている点は注目に値するだろう。
また、上級職であるがゆえに、他部門(例えばマーケティングやセールスといった非エンジニア部門)の幹部と同じ会議体に参加する機会も多い。技術的知見を武器に、他部門が見逃している課題の抽出や、事業上のボトルネックに対する技術的な解決提案を行うのも、日常業務の一部である。
しかし現実には、日本におけるスタッフエンジニアの認知度やロール設計は、まだ発展途上にある。求人票に「スタッフエンジニア」と明記されることは稀であり、「テックリード募集」「アーキテクト募集」など、既存の職種名の中に埋もれてしまっているのが現状だ。スタートアップでは「CTO室所属」と表現されることもあるが、その職能の中身は企業ごとにばらつきがある。
さらに、ライトハンドやソルバーといった役割については、「右腕募集」「火消し募集」といった形での明示もされにくく、そもそも採用時点でポジションを外部に分かりやすく伝えるのが難しい。増井氏は「『右腕を募集します』などと書いてしまうと、怪しげな人材ばかりが応募してくる」と笑いながら指摘した。
こうした背景を踏まえれば、スタッフエンジニアを外部からピンポイントで採用するのは非常に難易度が高い。むしろ現実的なのは、まずはミドル〜シニアクラスのエンジニアを採用し、組織やプロダクトへの理解を深めた上で、適性に応じてスタッフエンジニアとして抜擢するというプロセスだ。ロールの定義があいまいである以上、組織内での「見立て」と「育成」が不可欠である。