書籍で伝えたかった3Cの真髄と、コロナ禍で訪れた転機
──では、当時それぞれが担当された「コード」「コミュニティ」「コンテンツ」で、特に伝えたかったメッセージを教えてください。
戸倉さん(コード担当):当時GitHubにはコードを公開する文化はありましたが、まだ発展途上で、ライセンスなど権利周りの理解が十分ではありませんでした。コードを公開するかどうかは企業の判断ですが、公開すれば開発者からのフィードバックも得られますし、技術発展にもつながります。だからこの本では、コードを「公開する意味」や「みんなで成長させる仕組み」を伝え、読んだ人が気づきを得られるようにしました。
中津川さん(コンテンツ担当):当時は企業が積極的に情報発信する時代ではなく、個人ブログやQiitaが中心でした。今では多くの企業が、技術ブログを通じて情報発信をしています。企業が公開するマニュアルやFAQは分かりにくく最新情報が不足しがちで、テックブログはその補完的な存在だったのです。画面キャプチャを交えた分かりやすい記事や、サンプルコードが企業のファンを増やし、ドキュメントを補完する重要なコンテンツになるという価値を伝えたかったのです。
小島さん(コミュニティ担当):私にとってコミュニティは、製品の機能説明だけでは伝わらない「どのユースケースでどう使うか」という実践的な知見をユーザー同士で補い合う場でした。しかし、本の執筆直後にコロナ禍でオフラインの場が失われ、正直戸惑いました。私はオフラインで関係を築き、オンラインで維持する考え方だったので、軸を失った感覚でした。
ところが、若い世代はオンラインから関係を始めることに長けていて、むしろ私が彼らから学ぶ立場になった。結果的に、オンラインでも熱量の高いコミュニティは成立するという確信を得られたのは、この5年で最も大きな変化の一つです。
アフターコロナ、生成AI時代のDevRelに必要なこと
──コロナ禍を経て、さらに生成AIが登場した現在、DevRelにはどのような変化が起きているのでしょうか?
中津川さん:ここ数年で大きく変わったのは動画とインフルエンサーの存在です。YouTubeはもちろん、InstagramやTikTokで発信するエンジニアが、大きな影響力を持っています。2022年頃からは、DevRelの採用要件に「動画制作スキル」と書かれるのが普通になり、企業もTwitchやYouTubeで配信するのが当たり前になりました。
動画は「タイパ(タイムパフォーマンス)」が良く、操作方法なども一目で伝わります。その分クオリティが問われるため、発信が上手い個人に注目が集まり、企業もインフルエンサーを重視するようになりました。再生数などの成果が可視化されやすいのも特徴です。
小島さん:ただ、インフルエンサーはきっかけにすぎず、発信がうまいだけでは長続きしません。最終的には「実際に使った人の評判」が重要です。信頼を生むのは同じ立場のユーザーの声で、リーチ数だけでは不十分。KPIとして人数や再生数が重視されがちですが、それが利用や行動につながるかを見る必要があります。
コミュニティイベントは「売上を直接つくる場」ではなく「評判を作る装置」で、短期的な成果よりも長期的な位置づけが重要です。サッカーでいえばストライカーではなくミッドフィルダーで、ゴールを決めるのではなく良いパスを出す役割。その「パス」がどれだけ成果につながったかを測る指標がまだ少ないのが課題です。アウトプットよりアウトカムが重視され、さらにコロナで社会全体にどう技術を還元するかを考える機会も増えました。
戸倉さん:DevRelが広まると「カスタマーサクセス」が注目され、単なる認知づくりだけでなく、ユーザーの利用や成功体験まで支える役割が求められるようになりました。コードやコンテンツ、コミュニティを通じてユーザー同士をつなぐ仕組みも重要になっています。
小島さん:コミュニティは売上を直接作る場ではなく、評判づくりの装置であり、アウトプットよりも、ユースケース拡大や人材育成などアウトカムを重視すべきだと考えます。KPIも「登録数」などの短期的な成果よりも「良いパスをどれだけ渡せたか」で測るべきです。
戸倉さん:コロナ禍をきっかけに、DevRelは「広める」から「社会に還元する」へと変化しました。ハッカソンで作られたコードが国や自治体に採用される事例が生まれたり、シビックテックも広がりを見せています。そうした中で「すぐ動くコード」の重要性が高まり、手軽に試せるサンプルが求められるようになりました。また、Visual Studio Code(VS Code)のLive ShareやGitHub上でのオンライン編集、さらにはAI搭載エディタの登場で、コードに触れる環境は大きく進化しています。
中津川さん:この分野は海外企業の方が圧倒的に上手です。MicrosoftはVS CodeとGitHubを連携させて拡張機能を次々と展開し、IBMも同様に積極的でした。一方で日本企業はそうした動きがほとんどなく、「VS Codeから簡単にデプロイできる拡張」なども聞かない。コロナ禍での対応を見ても、海外は攻めの姿勢だったのに対し、日本は弱い印象を受けました。
戸倉さん:日本企業がVS Codeのようなオープンエコシステムに乗りづらいのは、厳しい品質管理文化、責任の所在へのこだわり、そして英語の壁が大きな要因です。企業名義で出す場合にはREADMEやサポート体制まで細かく決める必要があり、慎重になってしまいます。
ただしAIの登場で、技術的・言語的ハードルは下がりつつあります。海外との差を縮める可能性があります。今こそ、ガバナンスの線引きを明確にし、海外と対等に取り組むマインドセットが問われています。
小島さん:変化の時代は「周りはどうしてるの?」が知れるのが重要で、その答えを得られる場がコミュニティです。AIで個人の力は強化されたけど、「外に出していいのか」「ビジネス利用できるのか」といった合意形成はAIではできない。むしろ動きが早くなったからこそ、コミュニティの役割が増しています。インフルエンサーの影響は大きいものの、実際に役立つかどうかの判断は界隈の評価が必要で、混沌とした時代を生き抜くには正しいコミュニティに属することが欠かせません。
また、マーケティング文脈で語られる「スケール」や「リード獲得」と、開発者向けコミュニティは目的が異なります。私たちが重視しているのは「企業がお客様に正しく理解してもらい、フィードバックループを作る場」としてのコミュニティです。そのため、私が代表理事をしている一般社団法人コミュニティマーケティング推進協会では「ブランドコミュニティの役割や運営実態」を調査し、3年連続でデータを蓄積して傾向を明らかにしていきたいと考えています。
