「私のひとことで数百万円が動く」CTOの孤独と責任
小田中:とはいえ、初めてのマネジメントがいきなり「CTO」というのは、かなりハードな環境だったのではないでしょうか。実際にその座に座ってみて、どんな景色が見えましたか?
新多:正直に言うと、最初は「怖さ」しかありませんでした。特に、自分の意思決定がそのまま「会社の決定」として通ってしまうことへの恐怖です。
例えば、セキュリティ向上のために脆弱性診断の定期実施を導入しようと提案した時のことです。決して安くない費用がかかる話なので、比較検討資料を作って経営会議に臨みました。自分としては「ここで揉まれて、議論して決めるんだろうな」と思っていたのですが、私の提案があっさりと「いいよ、やろう」と承認されてしまったんです。
小田中:議論の余地なく、専門家である新多さんの判断が100%尊重されたわけですね。
新多:はい。自分の胸先三寸で数百万円というお金が動く。そして、その結果に対する責任は、誰も肩代わりしてくれない。この「逃げ場のない感覚」に慣れるまでには時間がかかりました。当時はエンジニアも数名の組織だったので、技術選定から採用、情シス、セキュリティまで、全部が自分のスコープに入ってくる。「やったことがないから分からない」とは言えないプレッシャーがありました。
小田中:いわゆる「ラストマン(最終責任者)」としての重圧ですね。現在はLayerXでEMを務められていますが、CTO時代と比較して役割の違いはどう感じていますか?
新多:CTO時代は「会社全体の技術責任」という広大で孤独な領域を見ていましたが、今はファーストラインのマネージャーとして、よりプロダクトや現場のメンバーに近い位置にいます。「何かあったら自分が最後に腹を切る」というヒリヒリした感覚は薄れましたが、代わりに「頼れる仲間がいる」という安心感の中で、より現場の解像度を高く持てるようになりました。
ただ、「異なる時間軸を同時に生きる」という難しさは変わりません。来月のキャンペーンをどう乗り切るかといった短期的な視点と、技術的負債を返済して1年後の開発速度をどう上げるかなどの中長期的な視点。この2つを常に両立させなければならない点は、どのレイヤーのマネージャーでも共通する苦しみであり、面白さだと思います。
「お悩み相談室」が生まれた理由──孤独なマネージャーを救いたい
小田中:新多さんといえば、コミュニティ「EMゆるミートアップ」の立ち上げや、著書『エンジニアリングマネージャーお悩み相談室』など、対外的な発信活動も精力的です。これらもご自身の経験に基づいているのでしょうか?
新多:まさに、前職時代の「孤独」が原動力です。社内にエンジニアリングマネージャーは私一人。CTOとして経営陣と話すことはあっても、「エンジニアの評価制度をどうするか」「1on1で何を話すか」といった、マネジメント特有の悩みを共有できる相手がいませんでした。

「これは私だけの悩みじゃないはずだ」と思い、Twitter(現X)で「ゆるいEMの集まりがあったら興味ありますか?」と呟いてみたんです。するとすごい反響があって。「みんな同じように孤独で、相談相手を求めていたんだ」と確信しました。それがコミュニティ立ち上げのきっかけです。
小田中:著書を「教科書」ではなく「お悩み相談室」という形式にしたのも、そうした背景があるのですね。
新多:はい。最初は「冒険の書」や「ガイドブック」のような体系的な構成も考えたのですが、どうもしっくりこなくて。マネジメントには「絶対の正解」がないからです。文脈によって答えが変わる。
だからこそ、具体的な「悩み」に対して一問一答で答える形式にしました。読者の方からは「自分だけが悩んでいるわけじゃないと分かって救われた」「回答を見る前に自分で考えることで、思考のトレーニングになる」といった声をいただき、この形式にして本当によかったと思っています。今はCTOの方々が、新任マネージャーへの「処方箋」として渡してくれるケースも増えているようで、嬉しい限りです。
