半年前からAIコーディング比率は倍増、急速な普及を支える基盤とは?
講演の前半ではCTOを務める田中氏が、弁護士ドットコムにおけるAI駆動開発の現状を語った。
開発組織は約160名のエンジニアで構成され、各事業向けの開発部門に加え、SRE室やエンジニアリング室といった横断組織を持つ。技術スタックはバックエンドにPHP/Go、フロントエンドにVue.js/Nuxt/React/Next.js、インフラにAWSというオーソドックスな構成だ。
開発面では、各種モデルやAIコーディングツールを活用するためのAI利用基盤を整備し、開発生産性を大幅に向上させている。さらに運用面においても、障害報告書の自動作成や、ナレッジベースを活用した社内ドキュメントからのQ&Aシステムの構築、問い合わせ対応における自動返答の作成などにAIを活用し、成果を上げているという。
AI導入の結果、開発生産性はどの程度向上したのだろうか。田中氏は、2025年6月と、2026年1月に行われた社内アンケート結果の比較を通して、現場のエンジニアの実感を浮き彫りにする。「AIに書かせたコードの比率」(体感値)は、半年前の約40%から80%へと倍増した。さらに「生産性が50%以上向上した」(体感値)と答えたエンジニアの割合も、前回の25.3%から、過半数の54.7%にまで増加。また、エンジニアが使うツールも半年間で変化した。前回の調査では「Cursor」が主流だったが、現在は「Claude Code」が最も人気のツールとなっている。
この急速な普及を支えているのが、約1年をかけて整備してきたAIツール利用基盤だ。2024年前半までには、一部のエンジニアが、コード補完に「GitHub Copilot」を、コードレビューに「Code Rabbit」を使い始めていた。そして2024年末に、「Devin」など新しいツールが相次いで登場したことがきっかけで、本格的なAI導入に向けた調査が始まったという。
2025年4月にはCursorなどのAIツールを全社員が利用できるようにした。7月にはLiteLLMによるLLMプロキシ基盤を稼働させ、煩雑な手間なしに、主要なLLMモデルを一通り利用可能な環境を構築した。その他にも、LiteLLM導入のメリットとして、利用状況の可視化や、「Dify」や「n8n」といったノーコードツールから各種モデルにアクセスしやすくなったことが挙げられる。MCPの活用も推奨しており、内製でMCPサーバーを作るメンバーも増えてきているという。
またコスト面では、ヘビーユーザーにはコスト効率の高い定額制を、新しいツールを試したいメンバーには柔軟な従量制を提供することで、ROIを最大化している。こうした基盤を整備することで、チームが試行錯誤しながらノウハウを蓄積できる環境が整ったと、田中氏は振り返る。
「CLAUDE.mdの育て方や、Sub-agentやSkills活用のノウハウ、仕様駆動開発の実践、さらにCode RabbitとClaude Codeなどを組み合わせたコードレビューの自動化をはじめ、各チームで新しい取り組みが進んでいます。」(田中氏)
AI駆動開発をさらに推進するカギは「AI-DLC」と「Harness engineering」
田中氏は、成功事例として、弁護士のための事件記録管理ツール「弁護革命」の開発について紹介した。
「弁護革命」は、もともとは弁護士によって開発されたプロダクトで、書類管理の煩雑さを解決するためのものだ。個人開発なので実装作業が開発のボトルネックとなっていたが、ドメイン知識の特殊性からエンジニアの増員も難しい状況だったという。
そこで昨年初めから、AIツールを実質的に予算無制限で自由に活用できるようにした。その結果、ドメインエキスパート、プロダクトオーナー、エンジニアの役割を1人で兼ねる強みが最大限に発揮され、圧倒的なスピードで開発が進むようになった。
「AI導入によって、何を作るべきかを即座に判断し、すぐに実装に進めるスピード感を実現できたのは、とても有意義でした。しかし個人で実現できたスピード感を、どのようにチーム開発に展開していくかは大きな課題です」(田中氏)
実際、全体を俯瞰すると、さまざまな課題が生じていると田中氏は続ける。利用状況データによれば、AI活用の個人差は大きく、ヘビーユーザーとそうでないメンバーの間に大きな差が生じていた。また、チーム内でノウハウの共有が活発な一方で、チームを横断したナレッジの展開は不十分で、チーム間でもAI活用の格差が生じていた。そこで同社は、ノウハウの共有と外部知見の取り込みに取り組んでいる。
まず、従来の社内勉強会ではAIツールに特化した回を設け、積極的にナレッジを共有する場作りを行った。また、開発におけるAI活用の有識者として和田卓人氏を社内に招待して講演を開き、AWSのAI-DLCプログラムのワークショップも実施して、外部の先進的な知見を積極的に取り入れている。
チームにおけるAI駆動開発をさらに進化させるために、田中氏が注目している概念が2つある。ひとつは、AWSの提唱するAI-DLC(AI-Driven Development Lifecycle)だ。開発の各ステップで中間成果物をAIに生成させ、人間がレビューしながら進める開発スタイルである。もうひとつは、OpenAIの記事も話題となった「Harness Engineering」だ。これは「Humans steer. Agents execute.(人間が操縦し、エージェントが実行する)」のコンセプトのもと、AIにかなりの裁量を与えてコードを書かせ、人間のレビュー比重を大幅に減らしていくというものだ。
田中氏は、AIの裁量は今後も大幅に拡大するだろうという見通しを示したうえで、実際の開発プロセスに適用するためには、さまざまなハードルを超えなければならないと指摘した。具体的には、暗黙知を言語化し、AIに与える規約とコンテキストを明確にすること。開発全体をAI前提のプロセスに再構築していくこと。これらを、エンジニアだけでなくプロジェクトマネージャーなども含めチーム全体で協力して行っていくことだ。
「レビューを随所に入れながら、 運転席をAIに譲るという感覚で、開発プロセスを回していくことが大事だと思っています」(田中氏)
弁護士ドットコムが「Legal Brain エージェント」の開発から得られた4つの実践知
後半では、西野氏が法務向け「Legal Brain エージェント」の開発で得られた知見を紹介した。法務担当者は、法律・判例・解説書・公的文書など大量の文献を調査しなければならない。従来の文献検索では、検索結果を確認するだけでも、大変な負担になってしまう。そこでRAGによる横断検索機能と、AIが検索結果の要点を論拠付きで整理・提示することで、この課題の解決を図るプロダクトが、Legal Brain エージェントだ。
西野氏は、この開発を通して得られた知見を、次の4点に整理する。
(1)新技術のPoC(概念実証)はエンジニアが主導しよう
LLM関連の新技術は、登場初期にはREADMEや仕様書しか存在せず、プロダクトへの具体的なユースケースをイメージしづらい。そこで、技術の専門家であるエンジニアが、PoCなどの形でチームに示すことが重要だと、西野氏は言う。Legal Brain エージェントの開発でも、検索の精度などRAGの実用性が分からない状態からスタートしたが、エンジニアがプロトタイプを実装して触れる状態にしたことで、チーム全体の理解が深まり、プロダクトの方向性が定まったという。
(2)ドメインエキスパートと協働し、自らもドメインに詳しくなろう
ドメイン理解のないままRAGのワークフローやプロンプトを作り込んでも、役に立たないエージェントが出来上がってしまいがちだ。ユーザーの課題解決には、ドメインエキスパートと協働しながら、エンジニア自身もドメインに詳しくなり、ユーザーの困りごとを体験することが重要だと、西野氏は言う。Legal Brain エージェントの開発では、エンジニアが、法律資格の学習に取り組んだり、弁護士資格を持つ社内メンバーとともに法律文献の調査を実体験したりした。さらに、ドメインエキスパートとエンジニアがペアになり、検証やプロンプト実装のイテレーションを高速で回すことで、ドメイン知識の効果的な移転と質の高いAI実装を実現したという。
(3)積極的にアプリケーションを作り直そう
AI技術の進化は速く、以前は複雑なプロンプトや多段のワークフローが必要な機能を、最新モデルではシンプルに実装できるようになることは珍しくない。技術の陳腐化が急速に進む一方で、AIコーディングエージェントの登場により、コードを書き直すコストも下がった。そこで西野氏は、積極的に作り直して、最新の技術スタックに乗り換えていく開発スタイルを推奨する。Legal Brain エージェントでも、当初はフレームワークを使わずにAIエージェントを構築していたが、リリース後にLangChain・LangGraphで書き直し、複雑なワークフローを整理したという。
(4)データスキーマだけは作り直しが難しいことに注意
逆に、データスキーマは一度作ってしまうと変更が困難だ。コードは何度でも書き直せるが、データスキーマを変更しようとすると、ユーザーデータの移行や後方互換性などさまざまな困難が生じる。優れたデータスキーマのもとでは、コーディングエージェントも良質なコードを生成する。データモデルだけは直感に頼らず、将来を見据えて慎重に設計すべきだと、西野氏は注意を促す。
最後にまとめとして、田中氏は今後のソフトウェア開発について「How(どう実装するか)よりもWhat(何を作るか)が重要になる」と語る。既にAIの問題解決能力は高く、今後もさらに向上していくはずだ。今後の人間の勝負どころは、いかに良い問題をAIに与えられるかという点にかかっていると、田中氏は指摘する。
「2026年は、人間による問題設定の精度を高めること。そしてAI-DLCをベースとしたチーム開発プロセスのさらなる進化を目指します」と田中氏は講演を締め括った。
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