オープンソースは、人類の生み出した“奇跡”―まつもとゆきひろ氏
藤倉:さあ、ここでゲストをお迎えしたいと思います。まつもとゆきひろさんです。
まつもとさんはRubyの創始者であり、Sansanの技術顧問も担っていただいています。Rubyは日本発のプログラミング言語であり、世界でもトップクラスの利用実績があります。まつもとさんが作られた価値の上で、さらに大きな価値を多くの方々が作りあげているんです。
まつもとさんはテキサスにご出張中です。ご多忙にも関わらず、オンラインでの登壇をお引き受けいただきました。では、まつもとさんをお呼びしたいと思います。
まつもと:藤倉さん、ご紹介いただきありがとうございます。知の共有というテーマについてのお話をさせてください。人類の歴史において、知の共有と排他的な知の占有というのは、常に振り子のように行ったり来たりしています。
まつもと:例えば、かつて技術の情報はギルドと呼ばれる職人の組合によって占有されていました。誰もが持てる情報ではなかったわけです。けれどその後、みんなで知識を共有することで文明を発達させようという運動が起こりました。これはある種の知の共有ですよね。
コンピュータの世界でも同じです。かつて、コンピュータは1つの会社しか作っていませんでした。コンピュータを作る行為は占有されていたわけです。
ですが、他にもさまざまな会社がコンピュータを作るようになり、知識が分散されるようになりました。特に、DEC(Digital Equipment Corporation)という会社の登場は大きかった。DECが安価なコンピュータを多くのユーザーに販売するようになったからです。
その頃のコンピュータは、ハードウェアが最も大切でありソフトウェアはおまけのようなものでした。無料で配布されることも多かったです。でも、徐々にソフトウェアの価値が上がってきて、タダで配るようなことは行われなくなってきました。
今度はそれに反対する人たちが現れました。急先鋒だったのがリチャード・ストールマンという方で、彼は「すべてのソフトウェアは自由であるべきだ」というフリーソフトウェア運動を始めたんです。商業用ソフトウェアを販売している企業の方々は、フリーソフトウェアや後に出てきたオープンソースなどを目の敵にしていた時期がありました。
ですが近年、状況は大きく変わってきました。例えば、マイクロソフトがGitHubを買収し、「オープンソースの文化をより良くしていきましょう」と発表したり。IBMがレッドハットを買収し、「Linuxとその周辺ソフトウェアを繁栄させましょう」と宣言したり。これは大きな変化だと思います。藤倉さんが言ってくださったように、知の共有がより重要な世の中になってきているんですね。
オープンソースの話をする際に、よく「共有地の悲劇」といった言葉が用いられます。かつて、ヨーロッパなどの田舎では村の周辺の牧草地は誰が所有しているわけでもなく、みんなが使っていいということになっていました。でも、誰のものでもないので誰も管理しなくなりました。「私がやらなくても他の人がやるだろう」とみんなが考えるようになり、荒れ果ててしまったんです。
オープンソースの活動が最初に活発になった頃は、「オープンソースでも共有地の悲劇が起きて、いずれは荒廃してしまうだろう」と言われていました。でも、その悲劇はまだ起きていません。Rubyに限らず、多くのオープンソースソフトウェアで活動が成立しているというのは、ある意味で奇跡だと思うんですね。これは、オープンソースという文化を多くの方々が支えてくださっているおかげです。
もし、この地球にリチャード・ストールマンがいなかったら。オープンソースという概念をエリック・レイモンドが提唱しなかったら。あるいはネットスケープがオープンソースの活動をしなかったら。私たちは奇跡のような共有地の繁栄を得ることはできなかったでしょう。幸いにも私たちは、オープンソースを通じて人々が協力しあう文化を生み出すことができました。
この奇跡の灯を消してはいけません。だからこそ、Sansanが知の共有をテーマにカンファレンスを開催してくださったことを、本当にうれしく思っています。Sansanのものづくりに携わるメンバーが、奇跡の灯に加わってくださること。みんなと一緒に知を共有して、人類を発展させようという崇高な精神を持ってくださることを心から感謝しています。
参加してくださったみなさんも、同じように一歩を踏み出していただけることを期待して、私のスピーチを終えようと思います。どうもありがとうございました。
ものづくりと純粋に向き合うことの喜び
藤倉:まつもとさん、ありがとうございました。では、ここからは再び私の方からお話をさせていただきます。
まつもとさんが話してくださったように、オープンソースという活動は1990年代半ばくらいから始まりました。エリック・レイモンドが名著『伽藍とバザール』を発表したのが1999年、Rubyが一般に公開されたのが1995年。20年近くも前のことです。非常に長い時間をかけて、Rubyは進化してきました。私たちも、Rubyのようにグローバルで多くの方々に使っていただけるようなプロダクトを生み出していきたいと思っています。
ところで、みなさんはサービスやプロダクトを作ることはお好きでしょうか。
私はときどき、つらいと思うことがあります。例えば、自分が携わっているプロジェクトの中で、回避方法がわからないようなOSやミドルウェアの問題に遭遇したとき。答えのない中で、プロダクトの重要な意思決定をしなければならないとき。なんでこの仕事を選んだんだろうと思うこともあります。
ですが、とても楽しいと思うことの方が多いです。「この仕事をやっていてよかった」「これしかない」と感じる瞬間がたくさんあります。
例えば、とても美しいソフトウェアアーキテクチャを見たとき。絶好調でソースコードを書いているとき。プロダクトの価値が頭の中できれいに構造化されたとき。最高に気持ちがいいと感じます。
おそらく、会場にいらっしゃるみなさんにもそんな瞬間があるのではないでしょうか。今日はこの場所で、純粋にものづくりと向き合っていただければ幸いです。
来場者の中には、ソフトウェアエンジニアや研究者、データサイエンティスト、デザイナー、プロダクトマネージャーなど、多種多様な職種の方々がいらっしゃいます。ぜひ、たくさんの方々と交流し、知の共有を楽しんでください。
