ジョイ・インクに出会うまで
講演は「あなたは喜びに満ちた人生を送りたいですか?」という問いから始まった。「それは困難な旅の始まり」(『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』より)なのだと。
『ジョイ・インク』は、米国メンロー・イノベーションズ社(以下、メンロー社)を率いるリチャード・シェリダン氏がその経営手法を表したもの。働く喜びの追求を経営の柱とする。ソフトウェア開発の現場は市場原理の中、企業の利益だけを考えていくとあっという間にブラック化してしまう。メンロー社では、徹底して、社員が喜びを感じられる環境づくり、仕組みづくりがされている。それが成果につながり、事業の継続につながっている。
安田氏が『ジョイ・インク』に出会うのは2017年だが、自社のどん底を認識したのはさらに4年ほど遡る。2013年、メンバー30名のクリエーションライン、自分たちは機能しないチームだったと安田氏は振り返る。「社内の雰囲気が暗い」「当事者意識がない」「チーム間のコミュニケーションがない」「みんながバラバラな方向を見ている」結果、プロジェクトは大炎上していた。クライアントとのミーティングが夜中の1時、2時から始まることまであった。そうなればもう負のスパイラルで悪くなる未来しか想像できない。
会社を畳もうかというところまで考えた。しかし、そこで安田氏は一連の原因が目先の利益しか見ていなかった自分にあると受け入れ、そこから一つひとつ改善していく決意をする。本当に大事にしなければいけないものは何か、会社としてのビジョン、クリエーションラインが目指すべきは何か、試行錯誤の旅が始まった。
では、何をしたのか。例えば、TGIF(Thank God, It’s Friday!:社内懇親会)。毎月最終金曜日の17時から19時にお酒と食べ物を用意して交流会を行った。この施策は2014年2月から1年弱続いたが、失敗に終わる。参加者が固定化し、仲の良い人同士の、ただの飲み会になってしまったのだ。これは、多くの接点をつくってチーム間のコラボを増やしたいという意図を明確にしなかったため、だ。
次に安田氏が取り掛かったのは全体会議のあり方だ。これまで毎週月曜の朝に全員参加で会議をしていたが、単なる進捗会議でしかなく、みんなの気持ちを暗くする影響しかなかった。そこで、人生のことや仕事のことなど誰もが直面する事柄を取り上げ、考えを深めていく場にしようとした。最初は冷ややかな反応だったが、続けていくうちにメンバーが少しずつ変化していく。安田氏が一生懸命続けるうちに、支援してくれるメンバーが現れたのだ。「自分がくじけてしまうとそこで終わり。フォロワーが出てくるまで踊り続けることが大事」と安田氏は強調した。
下地ができたところで、いよいよチームづくりの施策に入る。2016年、見える化・カンバン・カイゼンなど、さまざまな手法でアジャイル開発を実践するヴァル研究所の見学ツアーに参加。「クライアントには僕が謝りに行くから」と仕事の都合をつけ、半ば強引に実現した全員参加。強引にでもこの機会をつくった効果は大きく、実際、社内のいくつかのプロジェクトで付箋を使った見える化や振り返りが始まっていく。
2017年には、アトラクタの原田騎郎氏、吉羽龍太郎氏の支援を受け、「強いチームの作り方」という、1日がかりのワークショップを開催。全員が受講する形を取り、これも大きな刺激になった。これ以降、有志のメンバーでカイゼンチームをつくり、社内のさまざまな問題を自主的に、主体的に解決していく活動が始まっていった。
こうしてストーリーにしてしまうと順風満帆なようだが、個々のメンバーにモチベーションの種を植え付け、その種を、外部の知見を見学会やワークショップ、トレーニングの形で育てるといったステップになっている。「モチベーションの種付け」は孤独な闘いであり、「種を育てる」のは大きな投資だ。「投資しないことには成長の機会はない」と言う安田氏の言葉は重い。
そして、いよいよジョイ・インクとの出会いだ。