「感動的なユーザー体験」に向けたラクスルの模索
ラクスルがデザイン経営への意識を高めたのは、2017年頃のことです。
現在は多角的な事業展開をしていますが、印刷事業の「ラクスル」が大半であった当時はというと、シェアリングエコノミーというビジネスモデルにフォーカスし、人の感情を汲み取ったサービスを意識できていませんでした。それが数字に表れたのは、リピート率の激減です。
マーケティング戦略により初期ユーザーは獲得できていても、リピートにつながらず顧客離れが進んでいたこと。また、「自分たちのサービスは顧客に愛されていない」ことを痛感し、もっとユーザーの痛みや苦しみ、喜びにリアリティを持って向き合っていかなければと危機感を抱きました。
そんななか、デザイン経営へのシフトチェンジとしてまず取り組んだのが、プロダクトデザインのいち手法であるUCD(User Centered Design)です。目指したのは、「感動的なユーザー体験を与える会社」。そのために、コアユーザーによるディープエンゲージメントを追求しようと動き始めました。
User Centered Design、つまり「ユーザーを中心に置いたデザイン」という名前のとおり、UCDでは徹底して顧客を観察し、反応を見てプロダクトをデザインしていきます。
具体的に行ったのはユーザーヒアリングはもちろん、「ラクスル」をよく使っていただいているユーザーの後ろにカメラを設置させていただき、実際に印刷物を注文する作業を観察させていただくということです。
どのプロセスで迷いが生じるのか、どこでエラーが出るのかなど、引っかかる点を1つひとつ洗い出し、プロダクトに反映。また未完成のプロダクトに関しては、プロトタイプを作成して擬似的に体験してもらい、スムーズに作業を終えられるか、わかりにくかった点はないかをヒアリングしました。
こうしたユーザビリティテストを、時には10回以上デザイナーが主導で繰り返し、プロダクトがリリースされた段階から、「引っかかりがなく、ユーザーが心地よく使っていただけるもの」を提供できるようになりました。
UCD導入当初は、プロセス過多となり開発スピードが遅くなる点から、一部のビジネス系職種のメンバーから不満の声もあがりました。UCDを経ても、失敗したプロジェクトは少なくありません。成功率を上げるには、ただプロセスをこなすだけではなく、顧客視点を的確にキャッチするプロダクトセンスを組織全体で高める必要があったのです
そこで、ユーザーのリアルな声をもっともよく聞いているカスタマーサポートとの連携をはじめ、プロダクトマネージャー、ビジネス開発、エンジニアとデザイナーとの目線合わせに時間をかけるようにもしていきました。ディスカッションの中では、他社サービス名が頻繁に飛び交い、「あのプロダクトを参考にしよう」「あのサービスは使いやすいね」など、感覚的にいいなと思う判断基準のストックを増やしていきました。
プロダクトセンスを磨くうえで、実際にたくさんのサービスに触れ、良し悪しを肌で感じることが何よりも大切だと考えています。以前はカスタマーサポートのメンバーから、「こんなデザインではお客さまは使えない」と厳しいフィードバックをもらい、デザイナーが意気消沈するといったシーンもありました。ですが現在ではお互いの共感が深まり、フィードバックに真摯に向き合うことで、プロジェクトの成功確率は格段に上がっていると感じています。