CodeZineを運営する翔泳社が主催しているITエンジニア本大賞は、今回で12回目の開催となりました。
ITエンジニア本大賞では約1ヶ月間のWeb投票を経て、まず技術書部門とビジネス書部門それぞれのベスト10が選出。そのうち得票数の多い上位3点ずつが、「Developers Summit 2025」内でのプレゼン大会に臨みます。そしてプレゼン大会を観覧した来場者による最終投票によって、各部門の大賞が決定します。
ITエンジニア本大賞2025でも著者や編集者がプレゼン大会に登壇し、本の魅力や自身が込めた想いなどを語ってくださいました。プレゼンが終わるたび、会場からは大きな拍手が。いずれも甲乙つけがたく、事前に大賞の予想はまったくできないほどでした。

それでも最終投票によって、ついに大賞が決定。技術書部門は野溝のみぞうさんの『7日間でハッキングをはじめる本 TryHackMeを使って身体で覚える攻撃手法と脆弱性』(翔泳社)、ビジネス書部門は今井むつみさんの『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)が大賞に選ばれました。
本自体の魅力は当然ながら、当日のプレゼンも票を引き寄せたのかもしれません。そのプレゼン模様を紹介します。
【技術書部門(50音順)】
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『この一冊で全部わかる ChatGPT & Copilotの教科書』
著者:中島大介、監修:西宏章、出版社:SBクリエイティブ -
『7日間でハッキングをはじめる本 TryHackMeを使って身体で覚える攻撃手法と脆弱性』
著者:野溝のみぞう、出版社:翔泳社 -
『VTuberサプーが教える! Python 初心者のコード/プロのコード』
著者:サプー、出版社:技術評論社
【ビジネス書部門(50音順)】
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『ITエンジニア働き方超大全 就職・転職からフリーランス、起業まで』
著者:小野歩、出版社:日経BP -
『世界一流エンジニアの思考法』
著者:牛尾剛、出版社:文藝春秋 -
『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』
著者:今井むつみ、出版社:日経BP
技術書部門:この一冊で全部わかる ChatGPT & Copilotの教科書
(著者:中島大介、監修:西宏章、出版社:SBクリエイティブ)

登壇したのは著者の中島さんです。中島さんは17年前、人生で最初に読んだプログラミング本で挫折。その経験から、世間でどれほど良書と言われていても、読者のレベルと本の内容が合っていないと挫折の原因になると思い至りました。そのため、もし自分が本を出版することがあるなら、初心者に寄り添った本を作りたいと思っていたそうです。

本書はChatGPTの使い方を解説した本ですが、なぜこのテーマにしたのかというと、日本人のほとんどがまだまだAI初心者である一方、今後は「AI力」が絶対に重要になると考えたから。そして、初心者でも分かりやすいAIの本というコンセプトができたのです。
初心者でも分かりやすくするために、第一にフルカラーでイラストが大量にあることを目指しました。イラストが多すぎて編集者に難を示されたそうですが、懇願してどうにかすべて掲載できることに。
そして第二に、読み物としても面白くあること。ChatGPTをテーマにした本はプロンプト集になりがちという分析から、中島さんはこれからAIが発展しても役に立つ内容を楽しく読めるように注力したといいます。
第三のポイントとして、ユースケースが実用的であること。実際に使わなそうな例は載せず、中島さん自身が実用している使い方とプロンプトを掲載したそうです。
中島さんはAIを使ったことがないエンジニアが意外と多いことを知り、であればエンジニア以外の人がAIを使うはずもないと考え、まずは本書をエンジニアに読んでほしいと思って作ったと話してくれました。
技術書部門:7日間でハッキングをはじめる本 TryHackMeを使って身体で覚える攻撃手法と脆弱性
(著者:野溝のみぞう、出版社:翔泳社)

登壇したのは著者の野溝さんです。野溝さんはもともとセキュリティエンジニアではなかったのですが、所属する会社で情報漏洩が起きてしまい、それを機にセキュリティを手掛けるようになったそうです。

実際に仕事をする中で痛感したのが、セキュリティは重要だと言われながら売上に直接貢献しないことから、社内で不遇な扱いを受けがちだということ。しかし、だからこそ、野溝さんはセキュリティが楽しくて面白いものだということを本書で伝えたかったといいます。そうすることで、日本で11万人もの人材不足と言われるセキュリティエンジニアが増えれば嬉しいという思いがあったのです。
本書は7日間のスモールステップでセキュリティの学習を進める力を身につける本です。ハッキングはオフェンシブセキュリティの一種で、攻撃的な手段によってセキュリティの脆弱な部分を見つけて対策し、本当の攻撃を事前に阻止・無効化する手法です。予防注射みたいなもの、と野溝さん。
一方で、ハッキングはうっかりすると法に触れるため、初学者が安全に勉強する方法を提供する必要があります。本書ではTryHackMeというサービスを利用し、脆弱性のあるサーバーを立ち上げ、ローカルで仮想マシンを使うことで、安全性を確保しています。
セキュリティ研修でよく言われるようなこと──「パスワードは長く複雑に」「ソフトウェアは常に最新バージョンに」など──がどれほど有効なのか、本書でハッキングを体験してみるとよく分かるそうです。はたして……?
最後に、野溝さんから一言。「ITエンジニアにとってセキュリティは他人事ではないので、ハッキングからどうですか? Welcome to Underground……」
技術書部門:VTuberサプーが教える! Python 初心者のコード/プロのコード
(著者:サプー、出版社:技術評論社)

登壇したのは著者のサプーさんと、担当編集者の佐久さんです。サプーさんはYouTubeでPythonの学習コンテンツを発信していて、4年間の活動で10万人以上のチャンネル登録者を有します。

サプーさんによると、視聴者はいずれもPythonを学びたい、学んでいる人たちですが、悩みごとのアンケートを取ってみると、初心者を抜け出してプロらしい高品質のコードを書きたいという回答が最も多かったそうです。詳しく聞くと、Pythonの本は超初心者向けか、中級者以上向けの本が多く、脱初心者のための本が少ないということが分かりました。
そこで、脱初心者のためのPython本を書くことに。特に、プロらしいコードを書く方法を解説した本です。たとえば、超初心者向けの本だと関数のメリットはコードの再利用くらいしか載っていません。ですが実際には、関数は1度しか使わなくてもよく、むしろコードを分かりやすくブロック分けするために使うことが多いのです。本書にはほかにもミュータブルやテストコードなど、脱初心者を目指せるテクニックが詰め込まれています。
編集者の佐久さんは、普段技術書を読まない人のためにフルカラーで図解を多めにするように工夫したそうです。フルカラーの技術書は珍しいのですが、そのメリットとしてコードを色分けできます。しかし、これも一筋縄ではいかず、印刷しても読みやすい色分けやデザインを様々試したとのこと。
こうした狙いや試行錯誤があって、本書はプロの考え方や書き方を知りたい人、どうやってステップアップしたらいいのか悩んでいる初心者エンジニアにおすすめの本になったということです。
ビジネス書部門:ITエンジニア働き方超大全 就職・転職からフリーランス、起業まで
(著者:小野歩、出版社:日経BP)

登壇したのは担当編集者の仙石さんです。仙石さんが本書を企画したのは、プログラミングを学ぶ本はたくさんあっても意欲のある人がIT業界で働くためのガイドが少ないと感じたことから。そこで多くの人のキャリア相談に乗ってきた小野さんに相談し、本書を作ることになりました。

著者の小野さんは動画でメッセージを寄せてくださいました。小野さんは自身が運営するITスクールで1000人以上のキャリア相談に応えてきたのですが、皆さんに共通するのが転職や就職がゴールになってしまっていること。転職や就職の先が見えていない曖昧な状態で悩んでいるそうです。
本書ではそんな悩みに対する答えの1つとして、キャリアビジョン、すなわち人生の理想像を持つ方法が示されています。これはたとえば、旅行の計画を立てるとき「行き先はハワイにしよう」と最初に考えるのではなく、「ビーチでのんびりしたい」という目的から考えるということです。
ITエンジニアとして働くうえで目的のあるキャリアビジョンを持つことで、いざ選択肢が現れたとき、働く業界、職種、収入、働き方、結婚、家族のことなどについて判断がしやすくなるわけです。
本書では多くのケーススタディも掲載されているので、先達を参考にしながらキャリアビジョンを作れるようになっているとのことでした。
ビジネス書部門:世界一流エンジニアの思考法
(著者:牛尾剛、出版社:文藝春秋)

登壇したのは担当編集者の山本さんです。山本さんいわく、本書は自身を三流エンジニアと称していた著者の牛尾さんが、アメリカ企業で働く中で優秀な同僚たちがどのように仕事をしているのかを観察し、その方法を1冊にまとめたものです。

牛尾さんは動画で本書を紹介してくれました。最初に、日本企業とアメリカ企業では開発現場のあり方がまったく異なると強調。日本企業ではエンジニアそれぞれが得意な領域だけでなく、不得意な領域も幅広く手掛けないといけないケースが少なくありません。
牛尾さんはエンジニアの仕事とはそういうものだと思って取り組んでいましたが、どうしても成果を出せない。そこで当時の上長に相談したところ、「一番大事な仕事以外はやらなくていい」と言われたそうです。
それを素直に信じて実践したら、圧倒的No.1の成果を残せるようになったのです。同僚エンジニアが優秀だったのは、こうしたアメリカ企業ならではの開発現場のやり方に従っていたからでした。
本書には、牛尾さんが観察し我が物としたアメリカ企業の開発現場の常識が詰め込まれています。また、編集者の山本さんも本書を編集しながら、我が子がどんな大人に成長しても気持ちよく働けるカルチャーが日本に根づいてほしいと考えていたとのことです。
ビジネス書部門:「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策
(著者:今井むつみ、出版社:日経BP)

登壇したのは担当編集者の宮本さんです。宮本さんは本書を、仕事をしているとありがちな、「上司やお客さんの言っていることが前と違う」「丁寧に説明したのに、相手の要約した内容が自分の説明と全然違う」「話の論点ではなくどうでもいいところばかり気にされる」といったディスコミュニケーションの原因と対策を解説した本と紹介。

一般に、これらのすれ違いは伝え方や言い方に起因するものと思われがちですが、実はそうではないのです。では、何が原因なのでしょうか。
著者の今井むつみさんは会場へのメッセージで、問題は自分と相手のスキーマの違いにあると指摘。スキーマとはそれぞれの人が暗黙に持っている考え方や認識の基盤です。たとえば、ITエンジニアのスキーマとクライアントなどビジネスパーソンのスキーマは異なるため、その違いを意識したコミュニケーションをしない限り、すれ違いは生まれ続けてしまうのです。
本書では認知科学的な視点でスキーマをすり合わせ、本当にお互いがわかり合える方法が説明されています。たった1つの言葉、「ネコ」と聞いただけでも人によって連想するものは異なります。なので、同じ仕事をしている人同士、ITエンジニア同士でもスキーマが異なります。スキーマの違いが生じると、どれだけ丁寧に説明しても伝わりきりません。それは相手の理解する力が弱いからでもなく、ちゃんと話を聞いていないからでもないのです。
宮本さんは「話せばわかる」は幻想だとし、ぜひ対策を本書で知って役立ててほしいと締めくくりました。
大賞と特別賞が決定
プレゼンのあと、いよいよ最終投票へ。と、その前に特別ゲストによる特別賞が発表されました。
ITエンジニア本大賞2024の技術書部門で大賞を獲得したManaさんは、野溝のみぞうさんの『7日間でハッキングをはじめる本 TryHackMeを使って身体で覚える攻撃手法と脆弱性』(翔泳社)、同じくビジネス書部門大賞のラファエル・ヴィアナさんは、牛尾剛さんの『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)を特別賞として選出されました。
そして投票の集計が終わり、大賞の発表へ。
ITエンジニア本大賞2025、技術書部門の大賞は、野溝のみぞうさんの『7日間でハッキングをはじめる本 TryHackMeを使って身体で覚える攻撃手法と脆弱性』(翔泳社)が選ばれました。

そしてビジネス書部門の大賞は、今井むつみさんの『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)となりました。

非常に多くの人が投票してくださったWeb投票から始まり、各部門ベスト10にも大きな注目が集まったITエンジニア本大賞2025。皆さんの推し本の結果はどうだったでしょうか。
ぜひ次回のITエンジニア本大賞も楽しみにしていただければと思います。