スケールの裏にひそむ構造のひずみ
尾髙敏之氏は、モノタロウに入社してまだ1年半に満たないながらも、基幹システムの概念モデリングといった大規模かつ本質的なテーマに取り組む存在だ。CTO-Officeのシニアアーキテクトとして、日々チームとともに「良い構造とは何か」を探り続けている。

そんな尾髙氏が本セッションで共有したのは、複雑化した基幹システムをドメインモデリングによって構造的に整理し、可変性を取り戻すための取り組みの全体像だ。その前提として、まずはモノタロウという企業のビジネス構造とその背景が共有された。
モノタロウは、自社で間接資材の在庫を持ち、オンラインで販売までを手がけるBtoB向けのフルスタックEC企業だ。基幹業務を含む多くの業務領域を内製化しており、商品点数は約2475万点、ユーザー数は1112万件、売上は2881億円にのぼる(※2025年2月発表時点)。毎年2桁成長を続ける同社は、独自のビジネスモデルによってスケーラブルな成長を実現してきた。
商品点数を拡大することで顧客数と販売機会を増加させ、さらに自社在庫化、納期短縮、プライベートブランド化によって利益率を高め、再び商品点数の拡大へ──まさに、理想的なビジネスサイクルである。
しかしその裏では、業務の複雑性が飛躍的に高まり、それを支えるシステム構造も比例して複雑化する課題を抱えていた。

尾髙氏は、こうした複雑性を「本質的な複雑性」と「偶有的な複雑性」に分けて説明する。「本質的な複雑性」とは、サービスが高度化する中で差別化要因となる、ビジネス拡大に不可欠な複雑性のこと。一方で「偶有的な複雑性」は、組織の拡大や長年の運用によって意図せず蓄積された複雑性であり、集中すべき課題へのアプローチを妨げる“ノイズ”とも言えるものだ。
現在モノタロウが注力しているのは、まさにこの偶有的複雑性を取り除き、業務とソフトウェアの“可変性”を取り戻すことにある。これは単なる機能整理やコードのリファクタリングではない。「競争優位の源泉となる複雑性を構造的に捉え直し、事業要求に根ざした形で基幹システムに落とし込まなければ、システムに落とし込んだとは言えません」と尾髙氏は語気を強める。
こうした課題意識から、モノタロウでは現在、ドメインモデリングを軸に据えた基幹システム再構築の取り組みが進行している。では、その中身はいったいどのようなものなのだろうか。