開発の速度とコスト効率を劇的に変えたTiDB実践事例
【事例】Dify:開発速度4.6倍、コスト60%削減を実現
Agentic AI開発プラットフォームであるDifyは、急成長の過程で深刻なデータベースの問題に直面していた。同社は複数のエージェントを組み合わせてワークフローを構築し、結果を精密に制御するアーキテクチャを採用している。また、これまでに50万以上のデータベースを作成してきた。
TiDB導入以前、Difyは複数の異なるデータベースシステムを使い分けていた。しかし、TiDBによって、異なるデータを一つのデータベースに統合することができた(ナレッジグラフやナレッジベース、構造化データ、ドキュメントデータを一つのTiDBに統合)。TiDBの高いスケーラビリティが、この統合を可能にした。結果は顕著で、Difyはコストを60%削減し、新機能の市場投入速度が4.6倍に向上した。
リュー氏は「これは、他社と競争する上で非常に重要です」と指摘する。AI領域における競争では、機能開発の速度が直接的に市場での優位性を左右する。データベースの制約によって開発速度が制限されることは、もはや許容できないコストなのだ。
【事例】Atlassian:300万テーブルの壁を突破
JIRAやConfluenceで知られるAtlassianの事例は、TiDBの技術的限界への挑戦を示している。リュー氏が会場の参加者にJIRAやConfluenceの使用経験を尋ねたところ、多くの手が上がった。実際、PingCAP自身もJIRAをカスタマーサクセスプラットフォームとして、Confluenceをドキュメント管理のために使用している。
Atlassianが直面していた課題は、極端なマルチテナント要件だった。同社は数百万のユーザーを抱えており、これらのユーザーがそれぞれ独自のデータベースを持つ必要がある。テナントごとに個別のRDS(リレーショナルデータベースサービス)を構築すると、非常にコストがかかる。そのため、Atlassianは多くのユーザーのデータを一つのクラスターに統合できるデータベースを必要としていた。
テスト過程で、TiDBは5万以上のテーブルで生き残った唯一のデータベースだった。しかし、彼らの要件は300万テーブルである。そこで、PingCAPはワークロードに合わせてTiDBを最適化した。今では、TiDBは4000を超えるスキーマで300万以上のテーブルを処理できる。
この事例が示すのは、単なる技術的な数値の達成ではない。テナントごとのRDS構築が非常にコスト高となっていた超大規模マルチテナントSaaSが、TiDBの登場により現実的な選択肢となった。これは、ビジネスモデルレベルでの変革である。
TiDB Cloudによる運用負荷の解消と新製品ラインナップ
これらの大規模環境を実現する上で、もう一つ課題があった。大量のクラスターやテーブルを手動で管理することは、現実的ではない。PingCAPはこの課題に対し、クラウドサービス「TiDB Cloud」の機能強化で応えた。
TiDB Cloudは、複雑な大規模環境を自動で管理し、開発者やデータベース管理者の負担を大幅に軽減する。リュー氏は「何年も前、私たちは夢を抱きました。すべての開発者に無料のデータベースを提供したい、という夢です」と語った。世界には数千万の開発者がおり、それは数千万のデータベースを無料で提供する必要があることを意味する。そして今回、新しいカーネル設計により、TiDB Cloud Starterプランで最大5つのデータベースを無料提供できるようになった。
PingCAPは、新しい「TiDB Cloud」製品ラインナップを発表した。「TiDB Cloud Starter」「TiDB Cloud Essential」「TiDB Cloud Premium」の3つである。「TiDB Cloud Essential」は、エンタープライズ機能、スケーラビリティ、パフォーマンス、セキュリティ、そしてコスト効率が必要な場合に適した選択肢で、10月14日にAWSでパブリックプレビューが開始された。そして「TiDB Cloud Premium」は、すべてのエンタープライズ機能、無制限のスケーリング機能を必要とする場合に最適な選択肢である。
データベースは事業戦略そのものに影響を与える
DifyとAtlassianの事例から、ITエンジニアが学ぶべき本質的な教訓は、データベースが開発速度とコスト構造の決定的な要因であるということだ。
従来、データベースの選定は「どれだけのデータを格納できるか」「どれだけのトランザクションを処理できるか」といった容量とパフォーマンスの観点で評価されてきた。しかし、AI時代においては、「どれだけ速く試行錯誤できるか」「どれだけ柔軟にスケーリングできるか」という開発サイクルとビジネス成長の観点が、より重要になっている。
「より多くの可能性を探求できるほど、実際に成功率が大幅に向上します」とリュー氏が言うように、データベースがもはや単なるバックエンドの技術要素ではなく、事業戦略そのものに影響を与えることを示している。
また、コスト構造の変革も見逃せない。コンピューティングとストレージを分離するアプローチは、オーバープロビジョニングという無駄を排除する。Difyの事例が示すように、コスト削減と開発速度向上という両立が可能になる。これは、データベースの選定が技術的な判断だけでなく、ビジネス的な戦略判断でもあることを意味する。
AI時代のデータベースが果たすべき新しい役割
リュー氏が基調講演で示したビジョンは、AI時代においてデータベースが果たすべき新しい役割を明確に定義している。それは、データを格納するだけでなく、開発の探索フェーズを加速させ、アイデアから製品への移行をできる限り短縮する優秀な基盤としての役割だ。
TiDBの次世代データベースは、ワークロードの種類に応じて自動的にリソース配分とスケーリングを行う。これは、開発者がインフラの制約を意識することなく、純粋にアプリケーション開発とユーザー価値の創出に集中できる環境を意味する。
リュー氏は講演の最後に「AIでスケールすれば、世界はエキサイティングになります」というメッセージを残し、AI技術の可能性を最大限に引き出すには、それを支える基盤技術の革新が不可欠であることを示唆した。
AIツールを導入しても、データ基盤がボトルネックとなっていては、その恩恵は限定的だ。DifyやAtlassianといった先進事例のように、適切なデータベース基盤の選択は、開発速度を大幅に向上させ、同時にコストを削減するという、事業の競争力を根本から変える可能性を秘めている。今後は、データベースを単なるインフラではなく、開発速度と事業成長を左右する“戦略資産”として捉えることが重要になるだろう。
