特定の技術を深掘る経験が、変化に強いエンジニアを作る
「ホームグラウンド」とは、「ここなら探究心を持ち続けられる」と自信を持てる領域であり、強い自己効力感をもたらすものである。坂上氏にとっては、Androidアプリ開発などで使われるプログラミング言語Kotlinのエンジニアコミュニティがそれにあたる。
国内トップカンファレンス「Kotlin Fest」に複数回登壇し、Kotlin本体へのContribute実績も得ている。しかし、当初から戦略があったわけではない。「Kotlinが好きになり、長く探究を続けた結果、ホームグラウンドになっていた」と振り返る。
Kotlinとの出会いは2016年2月、バージョン1.0が出る直前だった。「Javaと絶妙に文法が違って書きづらい」と最初は感じたが、数か月後には「もうJavaで書くのは嫌」となっていった。そしてサーバーサイド開発を調べていた時、Kotlin/JSを知った。そして、Web開発の知見からデモアプリを実装。半年の試行錯誤の末、Kotlin製のWebアプリが完成した。坂上氏は「人生で一番の高揚感を味わった瞬間です」と語った。
Kotlinのカンファレンスに登壇し、Android/Kotlinの界隈のスーパースターと肩を並べたことで「専門家たちに負けない強い探究心を持っているエンジニア」という自信がついた。探究心に自信が持てれば、目まぐるしく変化する技術トレンドにも「自分ならキャッチアップして使いこなせる」と信じられる。
ホームグラウンドを作るには、「内なる好奇心に素直に従い、楽しみながら技術を学ぶ・深掘る・活用すること」と坂上氏は語る。「これ面白いな」と思った後、一歩先のアクションを起こすことが探究のきっかけを生む。
「越境」して感じた個人技の限界と失敗から得た学び
「郷に入っては郷に従う」とは、越境先でそれまでの常識を捨てることを指す。坂上氏はそれを身をもって経験する。
Kotlinをホームグラウンドにした坂上氏は外部イベントに参加し、登壇を重ねた。活動領域が広がり、エンジニア採用を任されるようになった。
ある時、シニアエンジニアの採用目標数が大幅に引き上がった。社内には経験も知見もなく、CTOと開発部長が兼務で対応する状態。坂上氏はDevHRへの大きな越境を決意する。
「フルコミットでやれば楽勝だろう」と考えたが、現実は甘くなかった。採用業務を数々と抱え、業務過多に陥る。中途・業務委託合わせて15~20件の求人を一人で管理し、書類選考は全体の8割、カジュアル面談は5割、それに加えて日程調整や連絡業務の全てを担当した。
中途の応募数は増えず、改善の時間も捻出できない。「苦しく終わりの見えない真っ暗なトンネルをひたすら走り続ける感覚でした」。キャリアチェンジ後10か月足らずで上長にSOSを出し、中途採用業務は別の社員に委譲。組織開発・外注管理・採用広報へと役割をシフトした。
なぜ成果が残せなかったのか。坂上氏は2つの失敗を挙げた。
1つは、個人で動いたことだ。テックリード時代、困難な課題の多くを個人技で解決できていた。「過去の成功体験に囚われ、周囲を適切に巻き込めませんでした」。
もう1つは、定量指標による成果検証を怠ったこと。プログラミングの成否はコンパイルやテストで判断できるが、採用施策は指標自体の設定が難しい。この重要性を理解せず、「何となく正しいと思う施策」を続けていた。
越境先でそれまでの常識を捨てることができていなかったのだ。しかし、自らの「視野の狭さ」「視座の低さ」に気づいたことは収穫だった。坂上氏は「エンジニアに留まっていたら、もっと遅かったかもしれません」と話した。越境先の人たちに敬意を払い、越境先の流儀を素直に受け入れる姿勢が、素早い順応をもたらすことに気づいたのだ。
期待に応えられなかったが、事業・組織の成果へと意識が向くきっかけになった。

