独走に広がる危機感
実際、Salesforceは急成長している。2018年8月29日に発表された最新決算で、同社は非GAAPベースの1株あたり利益が71セント、売上高は前年同期比27%増の32億8000万ドルを報告している。
同決算でキース・ブロックCEOは「クラウドや産業分野、地域などで広い分野で良い業績がでた。2022年に売上高230億ドル(約2兆6,000億円)を達成する目標に向かって順調に進んでいる」と強気の発言をしている。
創業以来、50社を超える買収を重ねてきた同社は、製品ポートフォリオを急速に変化させてきた。大雑把にいえば、Sales Cloud、Service Cloud、Marketing Cloud、Commerce Cloudというクラウド製品を軸に、金融や運輸などの業界別仕様を横串にするマトリックス構成をとり、AI/MLやインテグレーション、PaaS(Heroku)などの基盤技術はSalesforce Platformにまとめて全プロダクトに提供している。
黎明期は、中小零細企業向けのクラウド型CRMから出発したものの、現在は高度なポートフォリオ・マトリックスで、大企業を中心とする基幹ソフトウエアへと脱皮している。
危機感を強める米マイクロソフトは2018年9月、アドビシステムズ、SAPと提携を発表し、Salesforce包囲網を形成しようとしている。同発表はフロリダで開催されたマイクロソフトのイベントで行われ、SAPのビル・マクダーモットCEOとアドビのシャンタヌ・ナラヤンCEOが顔をそろえる力の入れようだった。
ちなみに、同発表の数日前、アドビシステムズはSaaSマーケティング・サービスのマルケト(Marketo)社を47億5,000万ドルで買収し基幹ソフトウエアの強化を進めたばかりだ。
先端技術を普通の人が使う
オラクルやSAP、マイクロソフトなどの勢力が動きを活発化させる中、Salesforceにとっても、先端技術の商品化はますます重要性を増している。
例えば、今年のDreamforce 2018で目玉となったEinstein Voiceは、先端技術の大衆化を狙う同社の戦略をよく示している。Amazon Web Services(AWS)やGoogle Cloud Platform(GCP)、Microsoft Azureは、いずれも数年前から音声コマンドやテキスト変換サービスを開発者に提供している。
Salesforceが発表したEinstein Voiceも、音声変換やテキスト解読などの機能自体は新しくはない。その特徴は、音声サービスをノン・コーディングで同社基幹ソフトウエアに簡単に実装できる点にある。
初日のオープニング講演に登場した大手ホテルチェーン「Marriott International」のデモでは、客室に設置されたアマゾンの音声アシスタント「Echo」を使ってエアコンの設定温度を変えたり、レンタカーの予約を行なったりした。
こうしたサービスをAWSやGCPの音声ツールを使って作ることはコードを書けるプログラマーにとっては可能だろうが、日頃Sales CloudやMarketing Cloudの管理をしているアドミニストレーターには手が出なかった。
しかし、Einstein Voiceの登場で、コードがわからないアドミニストレーターでも簡単に音声応答プログラムが構築できるようになる。もし、ソフト開発会社に同じ機能を開発してもらえば数千万円の開発費用がかかるだろうが、Salesforceなら機能は限定されるとしても、社内開発で大きなコストカットができる。
しかも、今回のDreamforce 2018では、スマートフォン最大手のアップル社と音声応答での提携を発表。多くのユーザーが利用するiPhoneで、Salesforceの基幹ソフトウエアが利用できるメリットは大きい。
一方、コーディング型の開発者にしてみれば、これまでAlexaなどの音声UIソリューションとSalesforceを連携させるには一工夫が必要であったが、それらの手間を一気に削減できるようになる。顧客からの要望が高度化し、開発にさらなるスピードが求められる中、より幅広いスコープを視野に自身の活躍の場が大きく拡がる可能性もあるだろう。
先端技術ユーザーの底辺を拡大するという市場拡大戦略を紹介してきたが、それは容易なことではない。その実現に大きく貢献しているのが、SalesforceのTrailheadとTrailblazer(英語で先駆者の意味)だ。次回はアドミニストレーター基調講演の様子とMuleSoft買収の開発者への影響について解説する。