- 書籍:『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』
- 前回のお話はこちら:第8回 “見えないムダ”が見えてくる~「バリューストリームマッピング」で開発プロセスをカイゼンしよう
このお話の舞台は、飲食店の予約サービスを提供するIT企業のプロジェクトチーム。ツワモノぞろいのチームに参加した新人デザイナーのちひろは、変わり者のメンバーたちに圧倒されながらも日々奮闘しています。第9回となる今回のテーマは「ハンガーフライト」です。
登場人物
和田塚(わだづか)ちひろ
この物語の主人公。新卒入社3年目のデザイナー。わけあって変わり者だらけの開発チームに参加することに。自分に自信がなく、周りに振り回されがち。
御涼(ごりょう)
物静かなプログラマー。チームではいろんなことに気を回すお母さんのような存在。今後もちひろをよく見て助けてくれる。
鎌倉
業界でも有名な凄腕のプレイングマネージャー。冷静で、リアリストの独立志向。ちひろにも冷たく当たるが…
藤沢
チームのリードプログラマー。頭の回転が速く、リーダーの意向を上手くくみ取って、チームのファシリテートにもつとめる。
境川(さかいがわ)
彼の声を聞いた人は数少ない。実は社内随一の凄腕プログラマー。自分の中で妄想を育てていて、ときおりにじみ出させては周りをあわてさせる。
片瀬
インフラエンジニア(元々はサーバーサイドのプログラマー)。他人への関心が薄いケセラセラ。ちひろのOJTを担当していた。
チーム解散の危機
「え?!」
私は驚いて、御涼さんの顔を二度見した。チームの面々を前にして御涼さんが言ったことを、私は自分の中で反芻していた。
(チームが解散させられる……!?)
御涼さんも、分厚いメガネの奥で悲痛な表情をしているのが分かる。藤沢さん、片瀬さんは受け止めきれないのだろう、ぼう然として固まっている。やがて、何かの呪いが解けたように片瀬さんが反応した。
「なぜですか。僕たちのプロダクトはこのところ順調にユーザー数も増やしている。ここで止める理由が分からない」
「……そうですね。ちょっと言っている意味が分からないです」
「私たちのほうに問題があるのではなく、この会社の状況からの話なの」
私たちの会社はもともと飲食店予約のサービスを事業のメインにしている。その事業の収益が悪化しているのだという。そんな状況下で、本業と全く関係ないチャットサービスを作って運営している、私たちのチームが社内で槍玉に上がっているそうなのだ。新規事業を生み出すのが私たちのミッションなのだから、本業と関係ないのは今に始まったことではないのだけど。
「『私たちにいつまで投資を続けるのか』という指摘が役員会の中で挙がったんですって……」
藤沢さん、片瀬さん、御涼さんの3人は言葉を失い、黙り込んでしまった。境川さんも無言でコードを書き続けているが、これはいつもと変わりがない。全員この事態をどうしたら良いか分からないのだろう。
私は自分の居場所が急になくなる気がして、ぞっとした。またひとりぼっちの、誰にも必要とされない頃に戻ってしまうなんて恐ろしかった。すがる思いで鎌倉さんがいつもよく座っていた席を見た。そこに腹は立つけど頼もしい鎌倉さんの姿はない。既に奔走しているということなのだろう。
私が以前、鎌倉さんの不在の多さを指摘した際、鎌倉さんは「和田塚さん、俺この先もしばらくは別件で時間が取られるんだ。その間、チームで回してくれるか」と言った。
(鎌倉さんが言っていたことってこのことだったんだ……)
私は、机を両手でバンと叩いて、立ち上がった。びっくりした様子で、4人が私の方を見る。
「これは、やるしかありませんよ」
「……和田塚さん、やるって、何を?」
「ハンガーフライトです! 以前、片瀬さんが私に教えてくれましたね」
「ハンガーフライト……!?」
「なんで、それを今やるのか」と片瀬さんは言葉にならない返事をしたようだった。
「私たちチームの取り組みを他の人も分かってもらうためです!」
そう、今まで私たちは自分たちのやっていることを社外には発信してきたものの、社内には全くアプローチをしてこなかったのだ。その結果が、これだ。今からでも、きっと遅くない。
藤沢さん、片瀬さん、御涼さんは、私の狙いに気がついたらしい。お互いに顔を見合わせて苦笑いした。
「そうだね。まだ、諦めて気を落としている場合ではないね」
「やりましょう、ハンガーフライト」
「………」
「よし、どうやって準備するかは俺に任せてくれ」