アジャイルにおける実験を阻む「予見的プロセス」慣れと解決策
永瀬氏も含め、スクラムが好きな人はどうしてもプロセスの話ばかりしがちだが、あくまでスクラムはチームとしての仕事の進め方に特化した「フレームワーク」であり、マインドセットがカギとなる。はたして、その目的はどこにあるのだろうか。
あらかじめ将来が見通せて計画が立てられ、その計画が正しいものであることを前提に、計画通りに進んだことが成功の基準となること。それが「予見的プロセス」だとすれば、「経験的プロセス」は将来の見通しができず計画は変わることを前提に、経験したことに基づき計画を見直しながら遂行していくというものだ。スクラムはこの「経験的プロセス制御の理論(経験主義)」を基本にしている。
つまり、前段のエピソードで言えば、永瀬氏にとって「カンファレンスへの登壇」は慣れており、さほど難しいと感じるものではない。いわば無意識に「予見的プロセス」に基づいて行動するため、不安を感じずにいられる。しかしながら、慣れているもののはずが、オンラインでの開催というイレギュラーが起きただけで「うっ」と感じてしまう。つまり、慣れているものほど予見的な思考・行動の癖がつき、微細な不確実性に対して拒否感を覚えてしまうというわけだ。
さらにいえば、家庭でのしつけや学校教育で「計画を立てて行うことが当たり前」という予見的な価値観が育まれ、「予見的プロセス」が行動にも染み付いているのではないかという。例えば、エンジニアも二言目には「安全に倒す」というが、実は「予見的プロセス」からの逸脱を恐れているだけであり、「そもそも安全の範囲が狭すぎるのではないか」と永瀬氏は苦言を呈する。「安全も何も、チャレンジしていないだけなのではないか」というわけだ。
そして、「安全にチャレンジするために、フレームワークがあるのでは」と語り、「『コントロールド・カオス』と言われることもあるように、その中で安全に実験し、失敗する場があるということ。それがアジャイルであり、スクラムの価値なのではないかと考えている。しかし、実験し失敗することが大事だと知りながらも、染み付いた行動の癖で、予想されることを予想したとおりに行うことだけに偏ってはいないだろうか」と問いかけた。
「柔軟な対応」を実践しようと「プロブレムに紐づくトライを積み重ねよ」的なことが言われ、反復型プロセスを「ミニウォーターフォールの繰り返し」と同じと捉える人も多い。確かにアジャイルとはいえ、すべてカオスというわけではなく、計画・要件定義もプロセスの一部ではあるが、永瀬氏は「すぐに見つかるような問題に対するトライなど些細なこと。アジャイルはそんなに単純なことだけのためのものではない」と評する。つまり、何が問題かすらわからない状況下で問題をあぶり出し、実験しながら進んでいくこと。いわば「改善」は当然行われるものとして、「実験」こそがアジャイルの肝というわけだ。
「相関もなさそうなことでも何かをすることで、因果がわかる可能性がある。振り返りでは、何がどう影響するか、予見できないことをチューニングしてみるといいだろう。プロセスのやり方ばかりに気を取られると、そうした一見効果に直結しない実験こそが大事であることを忘れてしまう。プロセスを通じて教える“守破離の守”的な方法だけでなく、スクラムマスターならば全く関係ないことも“ぶっこんでみる”ことを忘れないでほしい」と永瀬氏は語る。
とはいえ、これまでの経験や性格などから、チャレンジや冒険が苦手という人も少なくない。それを自覚している人ならば、逆の特性の人と組むのも一手だ。もちろん異なる特性の人とチームを組む、いわばダイバーシティの環境も効果的だという。同じ価値観同士は心地よいものだが、それ以上に違う価値観の人と組むことで、たとえ自分自身が変わらなくても大いに刺激を受けることができる。
「自分が考える普通とずれている人と組むのはイライラするが、自分の可能性を広げる機会になる。“ディスアグリーできないことにアグリーする”機会を設けたほうがいい。日々のチームの中はもとより、カンファレンスなど他の人の価値観や意見に触れる場に出席するのもよいだろう」と永瀬氏は語った。
カンファレンスやコミュニティは、実験の共有の場にしよう
永瀬氏が、アジャイル関連のカンファレンスやコミュニティに参加し始めた頃は、アジャイルでうまくいかない、受け入れてもらえないことなどを愚痴り、思いを共有することで勇気をもらっていたという。しかし、「そういうのも悪くないし、お世話になったと思うが、そろそろそういう“しみったれた世界”はもう終わりにしないか」と訴えた。
「確かに初期の人たちは顧客に対して説明・説得をしたり、バックログをとって作業証明をしたり、苦労してきたのは間違いない。しかし、いわゆる『アジャイルネイティブ』というべき若い世代は知らなくて当然。そうした人たちにわざわざ昔話をし、まして苦労させる必要はない」と語る。
そして、これからのコミュニティには、「古い世代と折り合ってこうやった」という話ではなく、「実験した結果」や「大暴れした結果」といった新しい事例や可能性を共有することを望むという。
「苦労した世代だからこそ、苦労話ではなく、『話が通じないなら、もういいです』と進路を変えた時に先に広がる世界を見せられるよう、転職先も含めて用意しておくことができないか。その上で、若い世代の新しいパラダイムに任せていきたい。それがこうしたカンファレンスや勉強会の存在意義だと思う」と語り、「従来の価値観でよいと判断できたことが、新しい世界で評価できるとは限らない。新しいやり方を批判されたら、『前はそういうことでしたよね』と突き進んでいけばいい」と力強く語った。
確かに「ニューノーマル」といわれる生活様式が急に求められるようになり、「できない」と思われていたリモートワークも普通に行われるようになり、「紙でなければ」という会社も次々とPDFに切り替わっている。従来のやり方との軋轢の調整はまだ残ると思われるが、そこは経験のある人に任せ、新しいことをやりたい人はどんどん新しい世界で活躍すればいい。そろそろそういう時代になってもいいのではないか。
永瀬氏は新しいことに挑戦するコツについて、「既存の価値観で成功していたパターンと違うことをやってみること」という。どうしても今までの価値観が残っていると振り返りの際などに「こんなことをしても、こういう価値は得られないだろう」と事前に評価してしまう。そうした予見行動の癖を脱却し、まずはやってみて何か起きてから評価することが大切というわけだ。
そして、永瀬氏は、最後に改めて「ちょっとした“うっ”は成長のチャンスになる可能性がある」と繰り返し、「どうしてもプロセスだ、フレームワークだという議論に終始しがちだが、ぜひともやってみて、失敗して、そこから学ぶということを実践してほしい。そして、カンファレンスは実験の発表会、自慢大会にしよう」と訴え、講演のまとめとした。
