リモートワークでの「心理的安全性」醸成のために、Slackを活用した「安全装置」の取り組みを紹介
それでは改めて「心理的安全性」があるというのは、どのような状態のことを示すのか。片岡氏は「困難に挑戦している状態においても」という前提の元、下記のような判定基準を紹介した。
そしてこうした状態を作り出すために、ゆめみが実践していることの中から、リモートワークでの「心理的安全性」を醸成するためにSlack上で行われている実装例が紹介された。基本設計としては、(1)安全装置をつくり、(2)4つの行動を誘発し、(3)妨害除去に取り組んだという。
まず「安全装置」については、ルール・砂場・補助(輪)をイメージするとわかりやすいだろう。「ルール」は「誓約と罰」を大前提とし、禁止ルールの明確化、誹謗中傷や侮辱発言、暴言の禁止などを盛り込んだ。自分に暴言が吐かれた場合は61%、他人が暴言を吐かれたのを見た場合でも25%が処理能力が下がると言われている。
当然ながらSlackのようなオープンな場での暴言は厳禁であり、ガイドラインには「主語が大きい否定表現には示唆を受ける」「死や事故を連想させるニュースの投稿は削除される」など細かく設定されている。
他にもルールやガイドライン、標準といった用語の明確化を行っており、誓約としてルールを破れば、必ずペナルティーが課せられる。ゆめみでは社員契約時にメンバーオプションとしてさまざまなサービスを利用できるようにしているが、社員が社員にイエローカードを発動し、2枚付与されるとこのメンバーオプション契約が解約される。
ルールを守った上で何をしても許される場として、Slackのチャンネルである「砂場=Sandbox」も用意されている。本人だけが投稿する個人用の「パーソナルチャンネル」がそれに該当し、特に否定的感情の自己開示を行う場であり、共有機能を使って社内に情報を循環させる仕組みを設けている。
片岡氏は「初期設定での『#random』では、プライベートなどの情報の自己開示されるが、感覚や感情、それも否定的なものの開示はなされにくい。促す場を設けることは大切であり、弱みなど何でもつぶやける場になり、メタ認知の訓練にもなる」と評価した。
そして「補助輪」は「挑戦行動を出すまでの障壁をなくす支援」だと言う。その1つが「チェックイン」と名付けられたSlackbotだ。ワークショップや会議などの前に「パーソナルチャンネル」で自身の内面で起きていることや感じたことなどを共有し、その場に向き合う準備をするもので、他にも深く内省したいときの「ディープイン」や気分転換や発想を広げる「アイスブレイク」などが用意されている。
さらに人的な「補助」であり、Slack社の例として「AMA(何でも聞こう:Ask Me Anything)チャンネル」が設けられており、役員が72時間以内に質問に答えるものを挙げた。他にもマネージャーがパーソナルチャンネルを見て反応するなど、人事や片岡氏は入社前の新人や定着していない人を重点的に支援している。なお約10%はSlackへの私的な書き込みをしないというが、それも個性として認めている。
次に「4行動誘発」「妨害除去」はどのように行われているのか。片岡氏は、まずは悪い情報をすぐに報告する習慣「Bad News Fast」を社内に浸透させることを意図しているそうだ。
悪いニュースが報告されにくい理由としては、失敗を報告すると「怒られる・評価を下げられる」ことが多いためだ。本来、危険行動を消失させるための重要な情報であるのにも関わらず、隠蔽(いんぺい)される恐れがある。それ以上に挑戦そのものも妨害されることになるだろう。
片岡氏は「失敗」に対する「フィードバック」の難しさに触れ、「失敗について報告してくれたことに対しては『よく報告してくれた』と正のフィードバックをしながら、挑戦が失敗に至った行動要因に対しては負のフィードバックを行うことが望ましい」と語る。
そこで、ゆめみでは悪い情報をすぐに共有する「Bad News Fastチャンネル」を設け、報告には怒らず感謝、一方で報告しない場合は罰則も設けているという。これによって発生した悪影響を最小化でき、組織の心理的安全性を高めるために重要な「弱さを見せる風土づくり」に貢献する。
他にも職能ごとのチーム単位でのスキルの習得状況として「星取表」を公開しているが、これも「無能さ」を可視化する取り組みと言える。また、給与の自己決定制度については失敗しても他者から評価を下げられない仕組みになっている。
そして「会社批判」については、批判的思考で現状に疑問を提示する、いわば「クリティカルシンキング」であり、個人を非難することではない。むしろ「よい会社批判」は挑戦する中で異なる観点を取り入れることができ、クリティカルシンキングの訓練にもなる。
そこでゆめみでは、会社の経営や顧客に対する姿勢など、妥当と思われた会社批判には「リアク字」をつけ、自動的に転送されるチャンネルで全体に共有している。これによって、「お手本となる批判」を示せるというわけだ。そして会社批判ができる仕組みとして、ティール組織運営で「誰もがどのような意思決定でも行うことができる」前提において、全ての関係者、およびその分野の専門家から助言を受けるプロセス「プロリク(Proposal Review Request)」と同様に、レビュープロセスの中で批判・反論を行う場面が用意されている。
そしてもう1つ、片岡氏は計画的に障害を発生させて弱点を発見し対応する「カオスエンジニアリング」という手法を紹介した。これを用いて人間関係が壊滅的になる前に、日常の中で対立や問題行為を制御可能な範囲で行う。
例えば能力があっても挑戦できない人に「健全な無茶ぶり」をしたり、あえて情報を与えず、ミスリードして個人批判や他責的な発言をモニタリングであぶり出し、専門チームがフォローしたりする。さらに「シャドー」と言われる「許容できない自分の否定したい側面」を認識させ、あえてそれを刺激するような機会を設けて「免疫」をつけようというものだ。「シャドーをあえて誘発」という言葉に反応するbotもその1つだ。ただし強制する言葉に対する反抗心や論理的矛盾をついた議論の逸脱などが生じないよう、配慮する必要がある。
こうしたやや「痛い」ものを受け入れるために、片岡氏は未来予測学者のポール・サフォー教授が「不確実な状況における予測や意思決定のポイント」としてあげた「強い意見を弱く持つ(Strong Opinions weakly held)」という言葉を紹介。強い意見を持ちつつも、柔軟に批判や否定を受け入れることの重要性を強調した。なお、強く意見を主張したあとでも「知らんけど」をつけると効果的だという。
最後に片岡氏は、「自分の弱点を開示し、周囲の意見に横槍や異論も入れよう。無視や妨害を受けるかもしれないが、クリティカルシンキングやアサーションを持って対応しよう。そうした4行動を推奨し、広げることで『心理的安全性』を担保した組織になれる。ぜひ、あなたの『パーソナルチャンネル』での第一歩から始めてほしい」と語り、「知らんけど」と結んだ。