誤解されがちな「心理的安全性」の概念を是正、「挑戦を促進する組織づくり」に役立てる
代表取締役である片岡俊行氏も含め、創業時は全員が学生だった「株式会社ゆめみ」。そのためもあってか、日本で最もQiitaに投稿し、SlackのMaturity Score(成熟度)で全有償企業中1位という評価を受けた実績を持つなど、「ユニークな組織になったのではないか」と片岡氏は語る。創業20年を迎え、現在はBnB2C事業として多くの顧客企業のサービス・インフラを構築・運営し、同社が携わるサービスの月間利用者数は5000万人に上る。
そんな「ゆめみ」が重視するのが、組織の「心理的安全性」だという。Googleによると「心理的安全性」とは「対人関係においてリスクある行動を取ったときの、結果に対する個人の認知の仕方」であり、要は「無知・無能・ネガティブ(批判)・邪魔(横槍)の4行動をしても大丈夫」と信じられる状態というわけだ。
しかしながら、この概念は真逆に誤解されており、人は意見を批判されると「心理的安全性がない!」と感じてしまう。もともと1999年にエドモンドソン博士が提唱した学術的な言葉だったものが、にわかにGoogleの組織づくりで注目されるようになり、誤解・誤用の他、時には自己正当化にも使われるようになってしまった。
これが生じる理由として、片岡氏は「行動対象が4つと多い」「主観的な『ある・ない』で論じられる」「場面設定が理解されていない」などを挙げる。
そもそも「心理的安全性」の「核となる概念」を考える際に、Googleが定義する「リスクある行動」の部分を「挑戦」と置き換えれば本質的な意味が捉えやすいだろう。なおリスクの大きい「挑戦」が必要なのは、変化の激しい時代に他社と同じことをしていても競争に勝ち残れないのは自明である。
勝利や成功を得るには、まずおのおのが持ち場の業務をしっかりと遂行できなくてはならない。その上で、片方が危機にあるときに他方に「協力」を促せる関係が重要であり、それが実現すればチームの「安全領域」が確立し「通常モード」となる。しかし、ずっと安全領域にいては外部環境の変化によって停滞するリスクもある。そこで、危険を冒しても挑戦する必要が生じるが、挑戦する人が抜けて穴ができれば安全領域が不安定になってしまう。その穴をカバーしながら協力することで、挑戦を成功させることができる。つまり、勝利や成功には「挑戦」と「協力」の両方が不可欠なわけだ。
ところが、逆にチームメンバーから「妨害」を受けるようなことがあれば、挑戦は失敗せざるを得ない。挑戦モードで「無知・無能・批判・横槍」の4つの行動をする際に「妨害」がない状態こそが、「心理的安全性を担保した状態」と言える。
このとき挑戦者側は協力要請を意味する「無知」「無能」として弱みや失敗を見せ、協力者側からは協力として「批判」や「異論」を伝えられる関係であることが望ましい。逆に協力者が挑戦者の「無知」「無能」を笑ったり、挑戦者は協力者からの「批判」や「異論」を嫌ったりすることは「妨害」であり、「心理的安全性」はそこにない。
むしろ「心理的安全性」が高い状態では、協力者は挑戦者の「無知」「無能」を見せる行為を尊敬し、「失敗」を称賛する。そして挑戦者は協力者の「批判」や反論を歓迎し、「横槍」など異論を尊重する。4行動を促す行動がごく自然に行われているはずだ。
「心理的安全性」を醸成するものとは?信頼、尊重、アサーションなどとの関係性から考察
さらに「心理的安全性」を理解するために、片岡氏は「通常モード」の「協力と催促」の関係と比較してみせた。「通常モード」で「協力と催促」が担保されているときに存在しているのは「信頼」であり、これが「心理的安全性」と混同される。
信頼を得るには「親和=相手に警戒や疑心がなく、親しみや好意を感じている状態」を築く必要がある。そのカギを握るのが「利他」と「自損」の行動だ。自分が損して相手に利益を与える「利他」はもちろん、例えば「手間を無駄にかける」などの相手の得にもならず自分も損をする「自損」もまた有効であり、守備範囲外でも信頼関係を築く可能性がある。
とはいえ、相互に協力する機会はそう多いものではなく、相互の信頼を醸成するには時間がかかる。そこで有効なのが、謝意を伝えつつ、自分も相手と同様の行為を返報として約束する行為「感謝」である。感謝によって相互に信頼が加速度的に循環するというわけだ。
そしてもう1つ、相手を「尊重」し、意見を聞こうとする姿勢も信頼獲得に欠かせない。片岡氏は、アップルの元CDOジョニー・アイブ氏の「管理職の一番大切な仕事とは静かな人に声を与えること」という言葉を紹介し、「意見を尊重することで、多様な意見をもらう『協力』を得られやすい」と分析した。
こうして「通常モード」の協力関係の礎になっているのが「信頼」であり、「挑戦モード」の協力関係の礎になっている「心理的安全性」と構造が似ているために、混同されるのも必然といえる。実際、「挑戦モード」の協力関係の礎には「信頼」も「心理的安全性」とともに必要であり、ますます混乱するのも無理はない。
ここで冒頭でも触れられた問題に戻ろう。意見を批判されたことに対し「心理的安全性がない!」と主張があるとしたら、どのようなことが起きているのか。例えばある意見に批判ができるのは「心理的安全性がある」状態だ。一方、「その批判をするのは心理的安全性がない」といった批判は、意見への批判を「受け付けない」妨害であり、「心理的安全性がない」状態にある。
こうした妨害を引き起こす要因は、(1)態度が悪く、相手の意見を尊重していないと受け取られる、(2)内容の問題としてクリティカルシンキングができていない、(3)アサーションが不十分で言い方に問題がある、などがある。ただし、アサーションやクリティカルシンキングは、心理的安全性に寄与するものの異なる概念であり、個人の能力として訓練して学習・体得もできる。
批判できるのは「心理的安全性がある」状態だが、無益な批判合戦を避けるためにも「心理的安全性がない!」という批判は、アサーションやクリティカルシンキングができてない批判者に対して、アサーティブに「アサーティブであれ」「クリティカルシンキングで考えよ」と学習・改善を促す言葉に置き換えられるべきだろう。
「しかしながら、アサーションは理想的とはいえ、困難な挑戦で実践するのは容易ではない」と片岡氏は語る。例えば火事場での指示や指摘のように、あくまで挑戦行動への妨害除去、危険の除去が主眼であり、「親和」は無視され、「安全の確保」が優先されることもある。片岡氏は「やっていられない瞬間もある。しかし、心理的安全性をより高いレベルに引き上げるには、尊重・尊敬が不可欠であり、できるだけアサーションやクリティカルシンキングがある方が望ましい」とまとめた。