重要になるのは「運用も含め仕事を継続して担当できる仕組みづくり」
――クリエイターとマーケターとの連携が上手くいくケースに、共通点はありますか?
企業がデジタル上でお客さまとなる消費者とコミュニケーションをするためには、多くの部門や外部の協力会社、ステークホルダーが存在します。たとえばテレビCMを打つとき、以前までは広告代理店にまるっとお願いすることでプロジェクトが進むこともあったかと思いますが、デジタルではそうはいきません。
企業の中であればIT部門もセールスサイドも当然関わってきますし、外部であればSIerや開発会社、それこそクリエイティブの会社に至るまで、たくさんのステークホルダーが連携し、デジタルの施策が作られていく。そうなった場合の失敗パターンで多いのは、やはりクリエイティブがいちばん下流にいるケースです。
たとえば、企業のDXをアドビがサポートし成果をだすことができた案件として、KDDIさんの事例があります。このプロジェクトがなぜ成功したのかというと、デジタル施策における初期段階のプランニングから、デザイン会社さんと一緒に設計をしてきたからです。
たとえば、ウェブページ1枚を公開するにもさまざまな人の手や技術が活用されているわけですが、そういったプロセスを認識し、かつエンドユーザーさんに提供するデザインとしてなにが最適なのかを捉えたうえで、デザインプロセスや運用も最適化していく。これができれば、取り組みは上手く回っていきます。
ところがデザイナーやクリエイターが不在のまま、デジタルの仕組みやシステムが設計され、運用の段階になってからサイトの設計を行うとなると、やりたいデザインがそもそも実現できなかったり、そのデザインのための改修が発生するなど、とても労力がかかるパターンも多いんです。
そのため、連携を進めるうえで考えなければいけないのは、やはりなるべく上位プロセスからクリエイターが入っていくこと。そのためには、さまざまなステークホルダーと関係を構築しておくことが大切です。SIerをはじめ、プロジェクトをまとめる企業にもスタートから声をかけてもらうことができ、そのプロジェクトに関わっていくことができるような関係性を、デザイン会社も作っていく必要があるのではないでしょうか。
今後、オウンドメディアやECサイトを持つ企業はいっそう増えるのではないかと思いますが、その際に大切になるのは運用です。
アドビでは、すべての製品の情報を見たり購入することができるECサイト「adobe.com」を持っているのですが、その運用サイクルを1週間単位で回しています。月曜日にデータを見て、何かKPIからはずれそうなものが出てきたら、火曜日にはそれを改善するための施策を考え、水曜日~金曜日でそれを実行し、土日でその結果を見るというやりかたです。このようにつねに最適化を行っていく運用スタイルが求められる企業は今後多くなるはずです。
さらにマーケターとクリエイターの連携という文脈では、運用も含め、仕事を継続して担当できる仕組みを作ることも非常に重要になると思います。
企業だとどうしても担当者が変わることもありますが、そうするといままで築いてきた関係性がなくなってしまい、また最初のオリエンテーションからすり合わせなければいけないこともありますよね。それを繰り返すのではなく、数年単位で継続的に運用に関われる体制をつくり、KPIを実現するために機能することが、これからのクリエイティブに求められるのではないでしょうか。
――連携を進めるべく、クリエイターやマーケターそれぞれがお互いの領域の知識をもつためには、何をとっかかりに学んでいけばよいのでしょうか。
まだデジタルがなかった時代のクリエイティブといえば、紙にイラストを描いてレイアウトを示すための指示書を作ること、つまり、いまで言うディレクションこそがクリエイティブでした。たとえばその指示書をもとに、写植屋さんが文字組みをしていたわけです。
それがデジタルの環境になることで、クリエイター自身も文字が打てるし、写真もレイアウトできるようになりました。そうなれば当然、レイアウトや文字組みについても勉強しなければならなかった。モバイル中心のSNSが登場したときも、新たなコミュニケーションの形に対応するべく、クリエイティブに関わる方々は領域を広げながら新しい体験を作ってきた。これは、今も昔も変わらないのだと思います。
ただ、そんな中でも変わってきたのは「時間」。レスポンスの速度が非常に上がってきたという点が、まさに企業側が抱えている課題です。
さきほどデータの洪水と言いましたが、次々に生成されていくデータに対し、どのような打ち手が必要であるかを突き詰めていくと、データ生成の瞬間に施策を打つという“リアルタイム性”が求められるようになってきている。そういった状況になれば、クリエイターとマーケターはおのずと歩み寄り、エンドユーザーさんに最適な体験をリアルタイムで届けるための方法を考えていかなければなりません。その課題意識を持つことができれば、自ら勉強し、お互いの領域を把握しながらプロジェクトを進めることができるようになるはずです。
企業のマーケティングがどうあるべきなのか。そのためにはどのようなプロセスをふむべきなのか。どういった人材が必要になるのか……。テクノロジーもふくめ、これは全部セットだと思います。お互いの役割を認識したうえで「自分たちはここまでできるから、ここからはお願いします」というコミュニケーションを続け、常にお互いの関係を再定義していく。これが、今後の進めかたなのだと感じています。