POへの単なる権限委譲は責任放棄──トップが組織の調整にコミットするべき
ただし、電車モデルには重要なルールがある。乗客(案件)は電車の出発時間に間に合わせなければならない。この責務はビジネス側にある。乗車準備が整っていない、つまり要件が曖昧で正確な見積ができない案件は、電車に乗せられない。この考え方を組織全体で理解することが重要だ。アジャイルの成功は、電車(開発者たち)の性能だけでなく、乗客(案件)の準備状態にも大きく依存する。走行中の電車への「飛び乗り飛び降り自由」な状態になれば、当然、良い開発はできない。
鈴木氏の電車モデル・タクシーモデルの説明は、ビジネス側も含めた組織全体の理解を得やすいという。理解が進めば、次は電車のダイヤを組む。これはリリースサイクルとリードタイムの設定に相当する。リリースサイクルは電車の周回時間、リードタイムは改札から乗車して戻ってくるまでの時間に例えられる。通常、リードタイムはリリースサイクルの2〜3倍になることが多い。
多くの大企業では、新機能や業務改善のリリースサイクルは3か月(年4回)で、リードタイムは6〜9か月程度に設定するのが良い。一方、保守や小規模な改修は週単位(年50回程度)でリリースし、リードタイムは2〜3週間だ。
ここで重要なのは、改札通過から電車乗車までのプロセスを明確にし、組織内で合意形成すること。これは案件の優先順位決定プロセスになる。一般的には、ビジネス側とPO、開発者で決める。まず案件募集の締切日を決め、ビジネス側が案件を検討する。POは相談に乗り、要件の確認を行う。次に開発者が概算見積を行い、リスクポイントを洗い出す。その後、優先順位の調整を行い、案件規模が開発のキャパシティ内に収まるよう調整する。最後にスプリントプランニングをして開発がスタートする。
「特に強調したいのは、締め切りを守ることの重要性です。電車の発車時刻に遅刻した人が電車に乗ろうとするのは明らかに問題視されます。同じようにプロジェクトの締め切りを守れないことは深刻な問題で、この考え方を組織全体で理解し、共有する必要があります」
組織の縦と横のリズムを合わせることに組織全体が合意できるかどうかが、事業貢献できるチームが機能するかのカギとなる。POは駅長のような役割を果たして横と縦の調整を行う。ただし、POが全てを決定するのではなく、組織全体でのプロセス整備とステークホルダーとの調整が重要だ。鈴木氏は「POへの単なる権限委譲は、組織としての責任放棄にすぎません。むしろ、上層部が組織のプロセス整備にコミットし、その中でPOが調整役として動き回る方がはるかに効果的です」と語った。