大規模アジャイルは必要だが、その実現は困難
業務フローを見直すと、従来の仕事の進め方を大きく変える必要が出てくる。カスタマージャーニーを出発点としたアプローチでは、これまでのように職能ごとに業務を分断して進めるのではなく、横断的なチームが状況を総合的に判断し、実行する体制が重要になる。顧客に寄り添うためには、分割されていた業務を再び統合する方向に進む必要があり、その過程でアジャイルの考え方が手がかりとなる。
ただし、この移行には多くの課題がある。組織構造やオペレーションを抜本的に変える必要があり、特に顧客を起点とするマインドセットや、カスタマージャーニーを探索するスキルが不可欠になる。さらに、現場で判断と実行を担う横断的なチームには権限の委譲が必須だが、たびたび稟議を待たなければ進めないような状況ではスピードが不足し、変革の効果が薄れる。自己組織化されたチームが自律的に動けるよう支援する仕組みが求められる。
多くの階層型組織では、トップが指揮を執り、その指示のもとで業務が進められてきた。しかし、アジャイルを理想的に進めるには、階層構造を超え、必要な人々が有機的に繋がるネットワーク型組織への移行が求められる。ミッションを軸にチームを結成し、権限を与えて自律的に動けるようにする仕組みがその核心となる。
とはいえ、階層型からネットワーク型への移行は容易ではない。ジョン・P・コッターが提唱した「デュアル・システム」のように、階層型とネットワーク型を組織内で共存させる考え方もあるが、その具体的な実現方法は不透明だ。階層型のままアジャイルを導入しても、アジャイルチームに十分な権限が与えられなければアジリティは発揮されない。仮に権限を委譲しても、評価基準や関与の仕方が曖昧なままでは、マイクロマネジメントに陥る危険がある。
一方で、ネットワーク型への移行を試みても、必要なリソースや仕組みが整わなければ建前だけに終わる。さらに、すべてを自己組織化したチームに任せようとしても、熟達するまでには時間がかかり、孤立や機能不全に陥ることが多い。
これらの課題に対し、市谷氏は「大規模アジャイル」の必要性を挙げる。しかし、大規模アジャイルにも問題がある。新たなフレームワークに適応する時間が長すぎるため、組織がその時間に耐えられない可能性があるのだ。ルールが多ければ覚えるべきことが増え、フレームワークを活用すること自体が負担になる。一方、従来のウォーターフォール型は慣れた方法であるため、ルールへの負担が少なく、「ウォーターフォールが楽だ」という認識に戻ってしまう傾向がある。