GovTech東京が進めるAI活用、ゴールは「1400万人の都民、62の区市町村職員の体験向上」
──まずはお二人の自己紹介をお願いします。
浅越 光一氏(以下、浅越):デジタルサービスグループのグループ長を務めています。GovTech東京に参画する以前は、民間のスタートアップにて長年プロダクトマネージャーとして従事してきました。
橋本 淳一氏(以下、橋本):私は、AI・イノベーション室で室長をしています。GovTech東京に参画したのは2024年1月。当時は区市町村DXグループに所属して、都内62区市町村のデジタル化支援プロジェクトにおいて、生成AIの利活用推進を主導していました。
──GovTech東京に至るまでは、どんなキャリアを歩んでいたのでしょうか。
浅越:私はこれまで、主にスタートアップでプロダクトマネージャーとしてキャリアを積んできました。ユーザーの声を聞きながらプロダクトを作り上げ、開発組織の文化を醸成する立場にいましたが、そこに大きなやりがいを感じていたので、20代後半から30代半ばまで一貫してこの役割に従事してきました。
一般財団法人GovTech東京 デジタルサービスグループ長 浅越 光一氏
GovTech東京に参画したのも、これから文化を作っていくフェーズにあったことが大きいです。プロダクトづくりのプロセスの中で発生する、さまざまなケースについて経験を積み、次のキャリアを考えたときに「まだ文化が根付いていないところで、イチからユーザーに向けて何かを作りたい」と思いました。
橋本:私も浅越さんと同じく、主にスタートアップに身を置いてきました。キャッシュレス決済やネットショップを展開する事業会社で、主にビジネスサイドからプロジェクトをリードしてきました。10年ほど経ったタイミングで、次の10年間をどう過ごそうか考えた時、「未来の社会全体にインパクトがありそうな業界」というキーワードが思い浮かびました。その一つとして、公共分野があった形です。
一般財団法人GovTech東京 AI・イノベーション室長 橋本 淳一氏
その後、GovTech東京のサービスや魅力を発信するイベント「GovTech東京 Career Meetup」の初回に参加してすごく面白そうだと感じ、翌日には応募していました。
──本日は、GovTech東京が進めるAI活用推進をテーマにお話を伺いたいのですが、具体的なお話を聞く前にまずはその全体像を教えてください。
橋本:GovTech東京におけるAI活用推進で特徴的なのは、財団の内部に留まらず、東京都庁や都内にある区市町村の職員、それから都民の皆さんのAI活用をどうやって進めるかが主軸にある点です。
もちろん最新技術の動向は注意していますが、私たちの使命は都民サービスの質向上です。その意味で技術はあくまで手段であり、実際の業務に役立ち、職員の働き方が改善されるサービスの提供を目的としています。
行政職員がノーコードでAIアプリを作る「道具箱」としての生成AIプラットフォーム
──それではまず、62区市町村のAI活用を推進するための基盤となる「生成AIプラットフォーム」について教えてください。この構想にあたってどんな課題感があったのでしょうか。
「生成AIプラットフォーム」により、専門的な知識がなくても行政職員によるAIの機能を持つアプリの開発が可能に
提供:GovTech東京
橋本:このプラットフォームを構築する以前、GovTech東京では自治体向けに生成AIの利活用支援を行っていました。その時に行ったアンケートやヒアリングでは、「庁内にAIツールを導入したものの、なかなか活用できない」という声がありました。
当時の自治体では、民間で使っているようなツールをセキュリティの観点から使うことができず、いわゆる汎用的なチャットツールが主流でした。これに向いている業務もあれば向いていない業務もありますし、プロンプトをうまく書けない人にとってはハードルが高くなってしまいます。行政業務の中でAIをもっと活用するためには、業務にぴったりと合ったアプリのようなものが作れた方が良いのでは、という仮説を立てました。これが「生成AIプラットフォーム」立ち上げの背景です。
現在提供しているのは、ノーコードでAIアプリが作れるプラットフォームです。活用方法としては、報告書や議事録を定型フォーマットに整える、あるいは庁内のお問い合わせ業務の効率化などが想定されています。
「生成AIプラットフォーム」の具体的な活用シーン
生成AIプラットフォームはいわば「道具箱」的なもので、業務を分かっている人が自らの手で使い方を覚えてアプリを作る、そんなプロセスを実現するために頑張っているところです。
──2025年8月に行われたガブテックカンファレンスでは、生成AIプラットフォームの思想として「共有化」と「再現性」の2点があるとお話をされていました。
橋本:現状の生成AIプラットフォームの利用者は自治体の中にいる職員のみなさんです。それぞれの自治体は似たような業務を行っていることがありますが、各自治体の中で開発ができる人材の有無などリソースには差があります。
もしプラットフォームが共通部分を担えれば、例えばA区で作ったアプリをB市やC町で使うことができるわけです。これが「共有化」です。共有化ができれば、仮にアプリケーションをゼロから作るノウハウがなくても、誰かが作ってくれたものを複製すれば再利用することができます。
「再現性」については、システムプロンプトやツールをアプリの中で定義してしまえば、誰が使ってもある一定の成果を得やすい状態にできる、という発想です。そうすれば、誰が使っても適切なインプットをすれば、適切なアウトプットが得られる状況を実現できます。
──東京都62の区市町村職員が利用するプラットフォームを、どのように開発したのでしょうか。
橋本:立ち上げ当初は専門の開発組織がない状態でしたが、行政職員の方にいち早く試していただくため、早期のローンチを目指しました。そこで、ソフトウェアにはオープンソースを活用し、一方では安全な環境を確保するためにインフラを内製することにしました。
具体的には、ノーコード・ローコードで生成AIアプリを開発できる「Dify」のエンタープライズ版を活用しています。エンタープライズ版では部門やプロジェクトごとに独立した開発環境を作成することができ、アプリケーションやナレッジについては各自治体で固有のものを利用できます。
しかし、それぞれの自治体で独自の環境を構築して保守メンテナンスをすることは、予算取りの側面だったり、契約時の手続きだったり、あまり現実的ではありません。ですので、共通で使えるような機能を保有する技術を選定しつつ、そのインフラの部分はGovTech東京が担い、各自治体には振りだしたワークスペースの上でアプリを作るところにフォーカスしてもらうことにしました。
都民1400万人が利用するアプリへのAI組み込み、開発のカギは「程よい失敗」
──続いて「東京都公式アプリ」についても教えてください。東京都公式アプリを開発した背景にはどのような課題感があったのでしょうか。
浅越:東京都公式アプリの開発の背景には、都民の方と行政の接点を増やしたい、あるいは距離をもっと縮めたいという思いがありました。都民の視点に立つと、例えば何か手続きをしなければならないとき、それが東京都の管轄なのか、自分が住んでいる区市町村の管轄なのか、どこで何を調べればいいのか分からなくなることがあります。
行政の立場から見ても、都民に情報を届ける際に書類の郵送しか手段がなければ、その度にコストがかかってしまいますし、相手の属性にあった情報を届けられているのかも分かりません。都民一人ひとりと行政を素早く適切につなげるための改善が求められていました。
今の時代は多くの方がスマートフォンを持っています。アプリを通じて都民一人ひとりとつながることで行政から必要な情報を届けやすくなりますし、都民の側からも「まずここを見れば分かる」という窓口がひとつできます。 そうした行政との接点、タッチポイントの役割をアプリが果たせるのではないか、というのが「東京都公式アプリ」の出発点になります。
東京都公式アプリで目指すこと。アプリを通じて行政手続や情報取得がワンストップで可能に(イメージ)
引用:GovTech東京
──都民1400万人全員を対象にするアプリ開発というのは、これまでのプロダクト開発とどのような違いがありますか。
浅越:自分が経験してきた民間のプロダクト開発では、具体的なユーザーを想像して、ある種対象ユーザーを絞る場合もありました。しかし東京都公式アプリの開発では、最終的に「都民全体に届ける」ことがゴールになります。
多くの人に届けるためには、ただアプリを提供するだけでは不十分です。全員に届けるための施策を考えて、その実現のためにアプリはどうあるべきか、フロントの部分のほか、基盤までセットで考える必要があります。
関わる人も多い分、やりがいと同時に難しさを感じるポイントです。今も試行錯誤しながら進めています。
──東京都公式アプリへのAI活用についても教えてください。アプリの中にAIが組み込まれることで、どのような効果が生まれると考えていますか。
浅越:AIを組み込むことで、利用者が「何を聞けばいいか分からない」状態からでも、対話を通じて必要な情報にたどり着けるようになります。例えば「引っ越しの手続きは?」「子どもが生まれたんだけど」「親の介護が必要になった」など、ライフイベントに応じた漠然とした質問から必要な届出や支援制度を細かく案内できます。
これまで窓口や電話で職員が対応していたような問い合わせをAIが担えるようになれば、職員の負担軽減にもなりますし、利用者も24時間いつでも相談できるようになります。
──数百万人が利用する規模のアプリということで、AIの組み込みにしてもチャレンジングな面があると思います。
浅越:たくさんの利用者がいるアプリだからこそ、UXや必要なインフラを慎重に整えなければなりません。AIにはハルシネーションの問題がありますし、適切な回答を生成するための情報整備や、回答内容の正確性をどう担保するかといったガイドライン作りも必要になります。
一方で、最初から完璧を目指しすぎると前に進めません。何もないところから一歩一歩手探りで進めているので、致命的ではない失敗をしてそれを改善するサイクルも必要だと考えています。アプリがクラッシュしたり、誤った情報で都民に不利益を与えてしまうような失敗は絶対にあってはいけませんが、リカバーできる範囲での「程よい失敗」をしながら改善していく、そのバランスの見極めが難しいところです。AIを組み込んだ開発のやり方については、世の中の先行事例も参考にしながら進めています。
「先端技術の実装にピュアに取り組める」GovTech東京だからできるAI活用推進とは
──ここまでは行政職員、都民の体験を向上させるためのAI活用について伺ってきましたが、GovTech東京内部での利用についても教えていただけますか。
浅越:やっていること自体は民間の会社とまったく同じで、適切な情報管理を行っているという前提で「行政だからできない」という点はありません。アプリ開発の実装のたたき台をつくるところやコードを書くところはClaude Codeを使っていて、MCPを介してFigmaのデザインデータを開発に取り込む仕組みもあります。コンテキスト整理や要件定義・PRD(製品要求仕様書)などのドキュメント整理についてはNotion AIも活用しています。
議事録についてもNotion AIで文字起こしすることで、シームレスに要件定義ができますし、その内容をすぐにコードに反映し役立てることもできます。そのほかにもレビュー用のツールを入れてみるなど、基本的には「使って試してみる」方針で進めています。
橋本:AI・イノベーション室にもエンジニアメンバーがいますが、浅越さんのチームとまったく一緒で、プロトタイピングや要件定義でAIを活用するのはもう当たり前になっています。1人のエンジニアが出せるアウトプットの量と速さが格段に変わっていることが分かるので、どんどん使っていきたいですね。
──開発組織についても教えてください。お二人はそれぞれのチームでリーダーを務められているかと思いますが、何か意識されていることはありますか。

浅越:私のチームは30人弱が所属していますが、内製開発のエンジニアリングや企画に集中しているメンバーと、さまざまな調整を進めてくれるメンバーに分かれています。内製メンバーはプロダクトマネージャー、デザイナー、プロジェクトマネージャー、エンジニアという構成です。そこに東京都から出向して来たメンバーや、東京都や自治体との調整を行うメンバーが加わり、良いチームが出来上がっています。
バックグラウンドが違う人が多いので、それぞれが持っている情報や考え方をちゃんと出し合うことを意識しています。そうでないと、絶対にどこかで漏れや手戻りが生まれ、理想の進め方には近づきません。柔らかい疑問やリクエストであっても、きちんと可視化して突き詰めて開発の現場まで届かないとプロトタイプに落とし込めないので、フラットに発言してそれをドキュメントに残すことを意識しています。ドキュメントに残しておけば、それをAIで活用することができますし、組織が拡大していく中で後から入ってきたメンバーもAIでサマリを作って追いかけることできます。
橋本:これまでに私がいたような企業だと、エンジニア組織はそもそも出来上がっていて、多くのメンバーを雇用している状態からどのようにAIを活用するかに焦点が当たるだろうと考えます。しかし、GovTech東京のエンジニア組織はまだ歴史が浅く、エンジニアの人数が少ない中でAI駆動開発をベースとした新たな組織づくりにチャレンジできると感じています。通常の開発現場において、これまで50人、100人でやっていたような仕事が、10人のエンジニアでもできてしまう。そんな革新的な開発組織が作れれば良いなと思っています。公共の現場で、そういったことを考えられるのはすごく面白い経験です。
私のチームはエンジニア2名を含めた7人が所属しています。引き続きスピード感を持って課題解決に取り組むために、AIを活用した開発組織づくりを一緒に進めてくれるメンバーを求めています。
──行政職員のメンバーも開発組織に参画されているのですね。
浅越:私のチームには、都庁から派遣職員として参画しているメンバーもおりますが、「少しでも多くの都民に良いサービスを届ける」「これまで東京都になかったものを作る」など自分なりのミッションを持って、開発に取り組んでいます。加えて、開発組織で必要なプロジェクト進行スキルや技術力は、派遣期間が終わり、もとの業務に戻ったとしても有用なものなので、その能力を高めるという意味でもすごく前向きです。
皆さん、「いかに都民の生活を便利にするにはどうすれば良いか」「そのためにいまこの仕事は何につながるのか」を考えながら進めてくれています。民間企業から入ってきたメンバーの働き方や意見に触発されることもありますし、行政側、民間側、それぞれから来たメンバーがいて良いチーム作りができている感触があります。
──それでは最後に読者に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
浅越:生成AIの可能性を行政でも最大限に活かしたいという思いは強く、今は具体的にどう使うのが良いのか試行錯誤ができる面白い段階です。GovTech東京にはAI活用を推奨する雰囲気と環境がありますが、内部で取り組んでくれるメンバーがもっと必要だと考えています。
自分の持っている技術を使って社会貢献がしたい、放っておくと置き去りにされてしまう社会課題に立ち向かってみたい、そういう面に興味を持っていただける方がいればぜひ一度お話してみたいです。もちろん公共ならではの制約もありますが、それに向き合うための手段やフィールドが揃った環境だと思っています。ぜひ「やれることはたくさんありますよ」という話をしたいです。
橋本:GovTech東京は、先端技術をいかに社会実装するか、という面白い課題にピュアに取り組める貴重な環境ではないかと感じています。売上やアクティブユーザー数といったKPIには表せない、社会貢献というものに向き合えるすごく面白いフィールドです。
私が担当しているAIについては、まだまだこれから成熟していく技術だと思いますが、そういった技術を存分に使いながら、どうやって行政のなかにある課題に向き合っていくのか、面白いチャレンジなので公共の分野での課題解決に関心のある方と一緒に取り組めたらと思います。
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