LIXIL基幹システム刷新の舞台裏──可用性向上、依存関係の整理、CI/CDの見直しに挑む
川上月葉氏は、株式会社LIXILでアプリケーションエキスパートとして基幹システム刷新やフロントエンド領域のリーダーを務める一方、社外では技術カンファレンスへの登壇やコミュニティ活動にも積極的に取り組んできた人物である。本セッションでは、LIXIL基幹システム刷新において、どのような背景のもとで技術選定が行われ、いかに意思決定に至ったのかを中心に語った。
LIXILの事業は大きく三つに分かれる。トイレや浴室などを扱う「ウォーターテクノロジー事業」、窓や玄関といった建材を担う「ハウジングテクノロジー事業」、そしてキッチンや洗面化粧台を中心とした「リビング事業」だ。
「INAX」「GROHE」「TOSTEM」といったブランドを擁する同社だが、その成り立ちは決して単純ではない。2011年、複数の企業が合併して現在のLIXILが誕生した経緯を持つ。
合併の影響は業務プロセスだけでなく、それを支える基幹システムにも色濃く残っている。川上氏は、「それぞれの業務を支える基幹システムは複雑化しており、老朽化対応や機能改修を進める際にも一筋縄ではいかない状態に陥っていた」と説明する。合併によって積み上げられた構造が、そのまま技術的負債として残り続けていたのだ。
そんななか、川上氏が所属するデジタル部門は、製品の研究・開発から製造、販売に至る一連の工程を横断的に支える役割を担っている。業務全体の生産性向上を目的にシステムの開発・運用を担う組織であり、これまでベンダー依存が強かった開発体制から、徐々に内製化へと舵を切りつつあるという。基幹システム刷新は、まさにこの体制転換の象徴だ。
今回の発表で焦点が当てられたのは、LIXIL基幹システムの一つである「見積システム」だ。見積システムは、住宅の新築やリフォームといった高額な意思決定の入口に位置する重要なシステムである。ショールームで提示される見積情報を起点に、施主、ハウスメーカー、代理店、社内営業といった複数のステークホルダーが連携し、業務効率を支えてきた。裏を返せば、このシステムが停止する、あるいは柔軟性を失うことは、事業全体に直結する重大なリスクを孕んでいる。
「現行の見積システムは、システム保守のベンダーへの依存度が高い」と川上氏は指摘する。歴史的経緯からJavaベースの独自パッケージをカスタマイズして利用してきたが、提供元ベンダーとの契約はすでに終了。結果としてパッケージはブラックボックス化し、仕様把握や障害対応に多大な時間を要する状態に陥っていた。売上規模の大きい基幹システムでありながら、障害対応に数週間かかる可能性があるという事実は、技術的にも事業的にも看過できない。
さらに深刻なのは、ブラックボックス化によって顧客要望にも柔軟に応えられなくなっている点だ。機能追加や改善のスピードが低下すれば、顧客機会の損失につながる。「この状況から脱却するためには、フロントエンドとバックエンドを含めた抜本的な刷新が不可欠だった」と川上氏は指摘する。
刷新にあたっては、オンプレミスで稼働してきたシステムのクラウド化も大きなテーマとなった。基幹システムは停止すれば甚大な損害を生むため、可用性の向上は必須要件だ。一方で、認証・認可方式の見直しや、オンプレミスとクラウド間の通信設計など、新たな技術課題も浮上する。また、利用者への影響を最小限に抑えるため、UIや操作感を大きく変えない、マニュアルを極力変更しないといった制約も課された。
加えて、数十種類に及ぶ他システムとの複雑な依存関係の整理、既存のリリースサイクルを前提としたCI/CDの抜本的見直し、さらにはシステムを社内主導でハンドリングできる体制の構築や教育体制の整備など、課題は山積していた。これらはいずれも個別にはありふれた課題であるが、それらが同時に、かつ複雑に絡み合って存在している点にこそ、本刷新プロジェクトの本質的な難しさがあった。
