こうしたテクニカルコミュニケーションのためのドキュメント(テクニカルドキュメント)を扱う分野で、古くから利用されている著名なツールの一つに、アドビシステムズが提供する「Adobe FrameMaker」がある。一般的なワードプロセッサなど、ドキュメント作成のためのツールが数多くある中で、テクニカルドキュメントを扱うにあたって「FrameMaker」が選ばれ続けている理由は何なのか。
今回、実際にFrameMakerのユーザーであり、合わせて、FrameMakerを利用したシステムソリューションの提供も行っている、情報システムエンジニアリング(ISE)の黒田聡社長に話を聞いた。
FrameMakerが扱う「構造化ドキュメント」
――ISEでは現在、どのような事業を手がけているのでしょうか。
ISEは、1979年に設立したシステム開発会社です。テクニカルコミュニケーションに関する事業は25年ほど前から手がけており、現在ではシステム開発とテクニカルコミュニケーション事業の比率は、ほぼ半々になっています。
FrameMakerについては、Frame Technologyが扱っていた時代から、他社の競合製品も含めての評価や、それらを使ったテクニカルドキュメントソリューションの提供を行ってきました。
SIerとしての顔と、それを実際に使ってドキュメントを作ることができる企業としての顔という2つの側面があるのがISEの特長です。テクニカルコミュニケーションの分野については、大手メーカーに向けたシステムを導入したり、それを実際に運用する側と関わってコンテンツを作ったり、ユーザー企業が既存のサプライヤーさんとの間で、システムを使った業務フローを構築する際のお手伝いを、コンサルティングを通じて行ったりといったことをさせていただいています。
――FrameMakerを活用したソリューションとは、実際どのようなものなのでしょうか。
私(黒田)は、一般財団法人である「テクニカルコミュニケーター協会」の運営にも携わっています。この協会は、任意団体も含めて20年の歴史があり、電機メーカーやSIer、教育機関などを中心に、非常に幅広いジャンルの会員がいます。ここでは、テクニカルドキュメントの作成や運用のための効率的なツールの使い方や、より本質的な「テクニカルコミュニケーションとはどうあるべきか」といった議論が継続的に行われています。このテクニカルコミュニケーター協会で、5年ほど前にとったアンケートでは、会員の約25%が、ツールとしてFrameMakerを採用しているとのことでした。特に産業機器系での導入が多いようです。
FrameMakerの特長ですが、アドビが提供している「InDesign」をはじめとする他のツールは、主にコンテンツのビジュアル面や見た目のリッチさを訴求ポイントにしています。一方のFrameMakerは、ビジュアル面よりも、むしろ社内や特定のビジネスパートナーとの間で利用するコンテンツの管理や、メンテナンスの効率を上げていくことが目的のツールになります。
FrameMakerがその真価を発揮するのは、いわゆる「構造化ドキュメント」と呼ばれるものですが、FrameMakerには基本的な構造化支援機能が、はじめから用意されています。特別なCMSやDBなどと連携しなくても、導入コンサルティングの範囲内ですぐに、テクニカルドキュメントの管理ツールとして運用を始められるケースも多いのです。この手軽さが、FrameMakerが選ばれる理由の一つだと思います。
ただ、ユーザーの中には、すでに大量のテクニカルドキュメントを保有しており、バックエンドのCMSやDBなどと連携した、より高度な使い方をしたいというケースもあります。FrameMakerには、そうしたより大規模なシステムを構築するための基盤としての「安定感」もあります。
FrameMakerが長年支持され続けた理由
――テクニカルドキュメントを扱うシステム基盤としての「安定感」というのは、具体的にはどういうことでしょうか?
例えば、一般的なビジネスドキュメントの作成には、Office Wordのようなワープロソフトが使われるケースが多いと思います。こうしたワープロソフトは、個人が利用する際に使いやすい、パーソナルツールとしての使い勝手の向上を主眼に開発されています。典型的な例ですが、例えば環境設定などは、個々のユーザーが使っている端末に保存するというのが基本です。
テクニカルコミュニケーションの分野で扱われるドキュメントの世界では、複数の人が共同でドキュメントを作ったり、ある人が作ったドキュメントのメンテナンスを他の人が引き継いでいったりするというライフサイクルが前提になります。そのような場合に、パーソナルでの使い勝手を主眼にしたワープロのようなツールでソリューションを作ろうとすると、ソフトに起因する制限や、対応が難しい部分が、どうしても出てきてしまいます。
FrameMakerはその点、はじめからテクニカルドキュメントを扱うことを前提に作られているため、そのためのシステムの基盤として標準化しやすいのです。分業体制で作られるドキュメント、あるいは、5年以上の長いライフサイクルを持ったドキュメントを扱う場合も、安定したエンジンを供給できる点がポイントです。
――先ほど、FrameMakerは産業機器系での採用が多いとのお話しがありましたが、どのような理由があるのでしょうか。
FrameMakerのようなドキュメントツールは、当初、半導体や航空機のような製造業で多く使われていました。ただ近年、特にアドビの製品になってからは、社会的な環境の変化もあって、ユーザーの傾向も変わってきました。背景には、産業に関する法律やガイドラインが整備され、産業機器に求められるドキュメントの具体的な要件が固まってきたという事情があります。
一般に「可用性」という言葉で表現されるのですが、例えば、医療機器に関しては製品が出てから15年間、そのドキュメントをメンテナンスし続けることがメーカーに求められるようになっています。産業機器については、企業がそれを導入し、減価償却が終わるまでの期間については、メーカーの責任として、そのドキュメントをメンテナンスしなければなりません。
ITをベースにしたドキュメントソリューションには、求められる期間の間、安定して利用できるものが要求されるようになっています。そうしたシステムを構成する要素としては、頻繁にバージョンアップが行われ、仕様が変化するワープロソフトではなく、標準化された仕様に基づいてドキュメントを扱え、そのエンジンが安定しているという点でFrameMakerが好まれるというわけです。
近年、半導体や航空機のような非常に大規模なドキュメントを扱うソリューションは、どちらかというと「文書管理」から「データ処理」へと、主軸が移ってきています。それよりも若干規模が小さい、産業機械、医療機器といった中規模の分野では、FrameMakerが持っているドキュメントハンドリングのポテンシャルを十分に発揮できるケースが増えてきていると思います。