Webの誕生から25年:これまでに起こった重要な出来事とは?
イベントの後半では、日本のWebやHTML5を牽引する4名のパネラーにより、「Webの誕生からこれまでの25年、そしてこれからの25年」をテーマとするパネルディスカッションが行われた。
| パネリスト | |
|---|---|
| 村井 純教授 |
慶應義塾大学 環境情報学部長 |
| 夏野 剛氏 |
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授 |
| 白石俊平氏 |
株式会社オープンウェブ・テクノロジー代表取締役 HTML5開発者コミュニティ「html5j」管理人 |
| 小松健作氏 |
NTTコミュニケーションズ株式会社 先端IPアーキテクチャセンタ |
| モデレータ | |
| 新野淳一氏 | Publickeyブロガー |
夏野氏は、Webが発展する過程で起こった重要な出来事を3つ挙げた。
1つ目は、1994年に商用ブラウザ「Netscape」が出てきたこと。当時、米国のビジネススクール「ウォートン校」に通っていた夏野氏は、「インターネットがビジネスにどう影響を与えるか」という授業を受けた。授業は、「航空会社の予約システムがインターネットでつながったら、どんなことになると思うか」「銀行のATMがインターネットにつながったら、どういう革命が産業に起こるのか」といった先進的なインターネット活用を考える授業であったという。これらを機に、夏野氏はインターネットに深く関わっていくことになる。
2つ目の重要な出来事には「検索(サーチ)」の登場を挙げた。Googleが1998年にページランクの仕掛けで検索をリアリティがあるものにした。さらに、「検索により、従来はどこかの組織に所属しないと手に入らなかった各種の情報が入手可能になった」(夏野氏) たとえば、NTTの研究所に所属していなければ見られなかった研究所の最先端の論文が、今ではWeb検索により閲覧できるのだという。
3つ目は、「ソーシャルメディア」の登場。個人の情報発信能力が一気に高まった。特に、.eduの人(米国の学生)以外もFacebookに参加できるようになった2007年が大きいとのこと。「これら3つが100年後に『大きな出来事』として挙げられる出来事ではないか」(夏野氏)。
なお、夏野氏が開発したiモードは、モバイル端末によるインターネット利用の嚆矢であり、非常に大きな出来事といえるはずだが、同氏は「残念ながら」と含めなかった。
一方、村井教授によれば、「オリンピック」と「パラリンピック」がWebの普及に大いに寄与したのだという。
オリンピックのWebサイトが初めて作られたのは、1994年に開催されたリレハンメル冬季オリンピック。作成したのはサン・マイクロシステムズで、「当時は、インターネットが何者かはっきりしない時代だったこともあり、サン・マイクロシステムズが勝手にやりますといって、Webサイトを作ってしまった」(村井教授)。世界中にいた商用ブラウザのアーリーアダプターは、このサイトにアクセスし、小さなビデオクリップなどアップするなどして、大いに楽しんだという。
しかし、ライセンスにうるさいオリンピックである。これが大騒ぎになり、1996年のアトランタ夏季オリンピックでは、オリンピックの情報システムを使っていたIBMが初めて公式サイト(olimpic.org)を開くことになった。
すると今度は、結果や予定を知りたい競技が国ごとに異なるため、共通のトップページでは閲覧者のニーズに応えられないことが問題になった。それならばと、IBMはCookieを使って、トップページを国別にアレンジすることを決定。閲覧者からのアクセスは、閲覧者がいる国から最も近いサーバー(アレンジされたページがある)に振り分けることになった。実現には、分散サーバー間で同期を取る必要があったが、これは当時前例のなかったこと。開催中、同期が間に合わなくなって、最後にはIRCメッセージで対応したそうである。
次に開催された1998年の長野冬季オリンピックでは、情報がWebに集中したことにより、視覚障害者に伝わる情報量が激減したことが問題になった。そこで、W3CやアドビシステムズはWebアクセスビリティの改善に注力。「Web for Everyone」という考え方を示す大きなメッセージになった。
「このように、1994年のリレハンメルオリンピック、1996年のアトランタオリンピック、1998年長野パラリンピックは、Webの歴史上でものすごいストーリーを作ってきた」(村井教授)
