最先端のソフトウェア技術を学べる
社会人のための教育プログラム「トップエスイー」
IT業界に属するすべての企業、特にシステム開発に関わる企業にとって、最新の技術や知見を、現場での業務に生かすことができる優れたエンジニアの確保と育成は重要な経営課題の一つとなっている。短いタイムスパンで、次々と新たな技術やメソッドが生みだされ、急速に普及していく業界において、その変化に対応し、実践できる知識と能力を持ったエンジニアを擁しているかどうかは、競争力を維持し続けるための要になっていると言ってもいい。もちろん、企業で働く個々のエンジニアにとっても、自らの市場価値を高めるために知識やスキルをアップデートし続けることは必須事項だ。
こうした課題意識を持っている開発に携わるエンジニアに向け、最先端のソフトウェア技術を学ぶための機会を提供しているのが、国立情報学研究所、GRACEセンター(先端ソフトウェア工学・国際研究センター)の教育プログラム「トップエスイー」だ。
トップエスイーはこれまで、1年間の受講期間で、演習を主体とした「講義」や実践力養うための「修了制作」を通じて、さまざまなテーマを専門とする講師陣による実践的な教育を提供してきた。開始から11年を経て約350名の修了生を輩出した実績を持ち、長年にわたるIT人材育成への貢献から、プロジェクトを統括する国立情報学研究所副所長の本位田真一教授が平成28年度の文部科学大臣賞を受賞している。
2017年4月にリニューアルし、
アドバンス・トップエスイーコースも開始
2017年4月よりスタートする「第12期」では、これまでのコースを「トップエスイーコース」とし、より難度の高い課題を最先端の技術を駆使して解決できる人材を育成する「アドバンス・トップエスイーコース」が新設される。先端の知識と現場に即した高い課題解決能力を兼ね備えたスーパーアーキテクトの輩出が期待されている。アドバンス・トップエスイーコースは「最先端ソフトウェア工学ゼミ」と「プロフェッショナルスタディ」が受講の柱となる。前者は近いテーマを持つ受講者がグループで、調査や試行を進め、ディスカッションをとおし、最先端の知見を得ることを目的とする。後者は受講者個人の課題解決へ向けて最先端の技術を身につけることを意図したものである。
一方、2017年度の「トップエスイーコース」からは、講義に加えて「ソフトウェア開発実践演習」を行い、習得した技術を実践へと発展させる能力の定着を促進する。「ソフトウェア開発実践演習」では、これまでの「修了制作」と同様に受講者が設定した課題に個人で取り組むだけでなく、グループでの取り組みも選択できるなど受講方法をより柔軟にした。
今回、実際に「トップエスイー」を受講し、課程を修了した2人のエンジニアに話を聞いた。彼らはどのようなきっかけで「トップエスイー」を受講したのか。実際のカリキュラムはどのようなものだったのか。そこから何を学んだのか。受講者のリアルな声に耳を傾けてみよう。
出席者
- SCSK、松本琢也氏……第6期(2011年度)受講
- ソニー、礒﨑亮多氏……第9期(2014年度)受講
聞き手
- 国立情報学研究所特任講師(トップエスイー講師)、河井理穂子氏
幅広い専門性に対応した講義内容と「実践主義」が
トップエスイーの魅力
河井:今回は、「トップエスイー」を受講された経験のあるお二人に、受講のきっかけや実際に学んだこと、受講しての感想や、学んだ知識がその後の仕事の中で役に立っているかといったことについて、ざっくばらんにお話を伺いたいと思っています。
まずは自己紹介を兼ねて、お二方が「トップエスイー」を受講されたきっかけについて教えていただけますでしょうか。
松本:SCSKの松本琢也と申します。アプリケーションエンジニアとして開発に携わっています。社歴は15年目です。
トップエスイーは、2012年度に6期生として受講しました。当時、私は一時的にエンジニアの人材育成に関する部署におりまして、そこでエンジニア教育をどのようにやっていくかの企画や運営をやっていました。教育のテーマはいろいろあったのですが、その中で少し毛色の変わったコンテンツとして、上司から「トップエスイー」に関する話を聞き「実際に自分で受講をして、どのような内容なのかを評価をしてみたい」と思ったのが受講のきっかけでした。
河井:松本さんに「トップエスイー」を教えて下さった上司の方は、どこでその存在をお知りになったのでしょうか。
松本:SCSKには、トップエスイーがトライアルで開講していた時期から、何名か受講者がいたんです。そのころに受講された方が、人材育成のセクションに話をもってきてくださったようですね。
河井:ありがとうございます。では、礒﨑さんのほうはどのようなきっかけで受講されたのでしょうか。
礒﨑:ソニーの礒﨑亮多です。私は2014年の第9期を受講しました。受講当時は、おサイフケータイなどに搭載されている非接触ICチップ「FeliCa」に関するシステムを扱っているフェリカネットワークスに出向していました。
私は大学で情報工学を専攻していたので、その中でソフトウェア工学を学んだこともあるのですが、実際に仕事として開発の現場に関わるようになって、学生のころに学んだいろんな考え方や手法の意味や、その良さについて、理解が深まったように感じています。いろんな現場を見る中で、仕事としてのソフトウェア開発が健全に行われているケースが少ないということも分かってきて、自分でも、これまでに学んできた知識を生かそうと個人的にいろいろやってはいるのですが、それを実践するのは簡単ではないという現実もあります。
そうした問題意識を持っていたときに、たまたまトップエスイーの存在を知り、申し込みました。当時の会社で毎年1人ずつ、受講者を出していたんです。
河井:お二方ともお仕事の中で生まれた問題意識に関連づけて「トップエスイー」に興味を持たれたのですね。では、実際に受講されての感想はどのようなものでしたか。印象に残っている講座や、受講前のイメージとの違いなどがあれば聞かせてください。
松本:トップエスイーの魅力は、非常に幅の広いカリキュラムがあることだと思います。「ITエンジニア」と一口に言っても、実際にはさまざまな役割がありますし、各自のキャリア意識も違います。仕事では、一人ですべてをやることはなく、各分野のスペシャリストが力を合わせるケースがほとんどですが、その各分野に対応したテーマが学べる点が良いと思いました。
私が受講したのは「要求定義」「要件定義」「設計」といった、主に上流工程に関する講義でした。職務としても、そのあたりを主にやることが多いので、その分野で新しいメソドロジやソリューションが学べればと思い選択しました。
私自身も、これまでの業務の中である程度はそうしたメソドロジについて知ってはいましたが、トップエスイーの講義を通じて、何気なく使っていたユースケースの意義を再確認したり、これまでに知らなかったメソドロジを学べたりといった点で有意義だったと思っています。
シリーズ | 科目 |
---|---|
形式仕様記述 | 形式仕様記述 (基礎・VDM編)、形式仕様記述 (Bメソッド編)、形式仕様記述 (実践編)、基礎理論、形式仕様記述 (Event-B編)(*)、プログラム解析(*)、定理証明と検証(*) |
モデル検査 | 設計モデル検証 (基礎)、モデル検査事例演習、設計モデル検証 (応用)(*)、性能モデル検証(*)、並行システムの検証と実装(*),実装モデル検証(*) |
アーキテクチャ | コンポーネントベース開発、ソフトウェアパターン、オブジェクト指向分析設計、モデル駆動開発(*)、ソフトウェア再利用演習(*)、アスペクト指向開発(*) |
要求工学 | 要求工学基礎、問題指向要求分析、要求工学先端 |
セキュリティ | セキュリティ概論、安全要求分析(*)、形式仕様記述(セキュリティ編)(*) |
ビッグデータ | ビッグデータIT基盤、機械学習概論、ビジネス・アナリティクス概論 |
テスティング | テスティング(基礎)、テスティング(応用) |
クラウド | クラウド入門、クラウド実践演習、分散処理アプリ演習、分散システム基礎とクラウドでの活用、クラウド基盤構築演習 |
プロジェクトマネジメント | アジャイル開発、ソフトウェア開発見積り手法、ソフトウェア設計法通論(*)、プロジェクト支援ツール(*)、ソフトウェア品質指向の戦略的PM手法通論(*)、リスクマネジメント(*) |
共通 | ソフトウェアの保護と著作権 |
河井:実際に、松本さんがトップエスイーで学んだことは、現在の業務にも生かされているということでしょうか。トップエスイーの目標の一つは、「実践」と「学術」の架け橋を作っていくことにあります。そうした取り組みの活性化が、われわれ講師陣の目指しているところでもあります。
松本:こちらで学んだメソッドを、試行錯誤しながら業務の中にも生かしていこうとしている……といったところですね。どの分野でもそうですが、「学術」的な知識が、即座に「実務」に結びつけられる分野というのは、ほとんどないと思います。かといって、そこに「学ぶ意味がない」わけではなく、身につけた知識を通じた試行錯誤の繰り返しが、結果的に現場で使える「技術」や「ノウハウ」になっていくのではないかと思っています。
私は、大学でソフトウェア工学を学んだのですが、一度卒業してしまうと、大学院なども敷居が高いイメージがあるんです。その点、トップエスイーはアカデミックでありながら、社会で仕事をしているエンジニアに開かれた場だというのも、いいところですね。そういう性質を持った場所は、ほかにあまりないと思います。受講料がもう少し手ごろなら(笑)、個人でも参加してみたいと思える魅力があります。
河井:ありがとうございます。では、礒﨑さんは実際に受講されてどんな感想をお持ちでしょうか。
礒﨑:松本さんも仰ってましたが、カリキュラムのテーマが幅広いので、受講者のバックグラウンドもバラエティに富んでいました。
私自身は「クラウドコース」を中心にして、興味のある講義をいくつかとっていました。それまで仕事の中ではクラウドに縁がなかったのですが、クラウド環境を使った開発やクラウドのインフラ構築もでき、今まで自分で勉強してきたネットワークやサーバ技術の振り返りにもいいだろうというのが選択の理由でした。また、授業は土曜日が中心ということで、仕事をしながらの受講にも都合が良さそうだったというのもあります。
実際の授業は丁寧に作られていて、前提知識が少なくても、きちんと講義に出ていれば最後までついていけるものでした。個人的には「運用の自動化」という概念を、ここでの講義できちんと知ることができたのが収穫でしたね。
河井:これまでの業務の中で「運用」に苦労された経験があるのですか。
礒﨑:私は、以前の業務で放送局向けのプロフェッショナルシステムに関わっていたことがあります。こちらは、まだまだオンプレミスが主流の分野で、サポート対応なども直接世界中のお客様の現場に足を運んで……というケースが多く、そこに非常に多くの労力やコストがかかっていました。でも、サーバ管理やシステム運用の分野で近年大きな進化があって、そのスキームが変えられる可能性がでてきているということを知りました。トップエスイーを受講して良かったと思う大きなポイントの一つですね。
河井:トップエスイーから自分の仕事のやり方を変えるために生かせそうな知識を得ることができたのですね。
礒﨑:ここで学んだことをベースに、今後もさらに勉強を続けて、業務に生かす試みを続けていきたいです。トップエスイーで1年間、クラウドについて学べたことはそのきっかけになったので良かったと思います。
河井:ITの分野は変化が早く、お二人がトップエスイーを受講された数年前から、かなり状況も変わっています。お二人は、修了後に継続的なスキルアップを目指して、何か努力されていたり、習慣にされていたりするようなことはありますか。
礒﨑:私が、トップエスイーの受講を決めた理由の一つには、IT分野に関する知識を身につけるために個人的に勉強をする「クセ」を身につけたいというのがありました。仕事をしていると、どうしても新たな知識を身につけるための勉強は怠りがちになってしまいます。社内や社外での勉強会に積極的に参加することは今も続けています。トップエスイーで、ある程度の知識が身についたと同時に、視野も高くなったと思っています。勉強会に参加するときは、事前にちょっと自分で関連の情報を調べておいてから参加するというようなことも意識しています。
松本:私も、新しい技術や情報に常にアンテナを張っておくということを意識するようになりました。検索エンジンのように、自分の中にある情報のインデックスを常に更新しておくことが大事で、自分にとって特に重要なものがひっかかれば、そこを深掘りしていくという作業は続けています。また、もしトップエスイーで今後、OB向けのコースやオープンな勉強会、セミナーなどが企画されるようであれば、都合のつく限り参加したいと思っています。
トップエスイー 2017年度 講座説明会
トップエスイーの2017年度向けの講座説明会が、2016年12月16日(金)に東京で開催される。講義や各種のプログラムを実施している担当者による説明を聞くことができると同時に、直接質問ができる機会でもある。トップエスイーの具体的な講義内容や、記事に出てきたアドバンス・トップエスイーコースの「プロフェッショナルスタディ」がどのようなものかを知りたい方には絶好の機会となるだろう。詳細は上記のトップエスイーのサイトに記載されている。
(後編に続く)