「あなたのことについて、たくさん教えてください。いい? じゃあ、いくよ!」
モニタ画面に映る3次元CGで表現された少女のキャラクター“鷺宮カノ”が質問をしてくる(音声合成を使ってだ)。
「あのう、なんのお仕事されているんですか? ひょっとして偉い人?」
「きのこの山とたけのこの里、どっちが好きですか? もちろん、きのこの山ですよね?」
普通の質問だけでなく、ビジネスの現場ではめったに聞かない質問も混じる。それにCGキャラクターは会話に応じて動いてくれる。なるほど、ティーンエイジャーの少女らしさがあるような気もしないでもない。質問に答えていくと、次のように感想を伝えてくれる。
「あなたって、はじめの印象はすごくつれない感じだったけど、話してみたら几帳面な感じで、論理的な感じの人なんだなあって思ったの。話していて、すごく楽しかった!」
これはNTTPCコミュニケーションズが開発した「コミュニケーションAI」(AI:人工知能)との対話の一部を再現したものだ。ユーザーの顔の表情を認識して「つれない」という第一印象を導き出し、その第一印象に応じて質問を選んでいく。質問と回答を通して「几帳面な感じ」「論理的な感じ」との印象を導き出している。
ユーザーにとっては、自分の性格に合わせた質問をしてくるフレンドリーなAIに見える訳だ。
ゲーム開発者に“刺さる”企画への思いが出発点
同社はどのような狙いでこのコミュニケーションAIを開発したのだろうか。
「やっぱり、面白いものを見せたいと思った」――こう、ずばり話すのは、コミュニケーションAIの企画を推進したNTTPCコミュニケーションズ 緒方淳二氏である。
コミュニケーションAIを最初に出展したイベントは、ゲーム開発者向けカンファレンスのCEDEC 2016だ。「CEDECの参加者に“刺さる”出展と講演をしたい」と考えたことが出発点だった。
同社はデータセンターやGPU搭載のクラウド型ゲームサーバーを提供するという形でゲーム業界と関わっている。だが、このようなインフラ技術を訴求するだけではゲーム開発者には“刺さらない”ことに気が付いた。「電力会社が自社サービスについてプレゼンするのを聞きたいですか?」と緒方氏は説明する。インフラよりも上位のレイヤーで勝負しているゲーム開発者へのカンファレンスで、何を見せたら面白がってくれるのだろうか。
「CEDECで参加者に“刺さる”話は、目新しくて面白いものか、そうでなければ苦労話。今までとは違う、世の中になかったAIを見せたかった」。これが緒方氏の思いだ。
背後には、GPUを活用できるクラウドサービスは機械学習にも適用でき、ゲーム分野でも活用できるはず、との考えがある。ディープラーニング(深層学習)という技術的なブレークスルーが登場したことで機械学習の需要は急上昇している。ゲーム業界にも機械学習を駆使したAIのニーズはあるはずだ。
緒方氏の思いはさらに続く。AIといっても、世の中でよく見かける「AI的な会話のデモンストレーション」は面白くないと緒方氏は考えていた。「今までとは違う、世の中になかったAI」「ゲームコンテンツなどへの利用をイメージしやすい企画」を形にしたかったのだ。こうして、CGキャラクターと対話するAI、表情を読むAIというコンセプトが生まれた。
思いを形にするには、実現手段が必要だ。
CGキャラクターと対話できるAIを作った経験は同社には誰にもなかった。この場合、考え方は2通りある。1番目は作れそうな会社に外注すること。2番目は、自分たちで試行錯誤して作り出すことだ。時間が限られる中で同社が採ったのは2番目の考え方だった。自分たちで面白い何かを作り出そうと取り組んだことは、企画担当者にとってもエンジニアにとっても新しい境地に到達する機会となった。
社内有志を集め、思いを形に
実はコミュニケーションAIの開発期間そのものは非常に短かった。「CEDEC出展内容が決まって、デモ内容の本格的な開発がスタートしたのは実質3週間前」と緒方氏は打ち明ける。
コミュニケーションAIは画像処理、機械学習、チャットボットなどの要素技術を組み合わせたシステムである。同社にはその土台が整っていたかというと、実は必ずしもそうではなかった。音声合成技術など社内やグループ企業内の技術を利用している部分もあるが、かなりの部分はフルスクラッチで作り上げる必要があったのだ。
幸い、この企画のために集まった社内有志の中には、大学で機械学習を専攻していた渡里凌氏、大学時代にデータマイニング、クラスタリング、画像処理を扱っていた経験がある組橋祐亮氏、やはり知識工学分野を専攻していた石井誉仁氏らがいた。各人のノウハウを投入し、同社にとっては初めての試みを形にしていった。
エンジニアとして企画を実現させるための作戦を立てたのは渡里氏だ。「締め切りから逆算して“できること”を想定し、実現可能な技術を投入して、面白い結果に仕上げることに注力しました」と説明する。「手法の細部にこだわっていると『もう間に合いません』という話もしました」(渡里氏)。緒方氏の思いは、渡里氏の“ダメ出し”を受けつつ形になっていった。
機械学習分野では学習に使えるデータが重要だ。今では機械学習の手法に関する知見の蓄積は進んでいて、手法や実装より「どのようなデータが使えるのか」が勝負となっている側面がある。
今回のコミュニケーションAIの取り組みで特に注目したい部分は、自前のデータにこだわった点だ。同社の社員に協力してもらい、顔と性格を結びつける学習済みモデルを構築した。実際に企画の実現に関わった当事者は「間に合うようにデータを集める手段しか考えていませんでした」(渡里氏)と証言する。
「社内で集まりそうなデータ数が分かり、その中で許容できる精度を出すことを考えました」と渡里氏は説明する。「その上で、どういう技術を使えば面白くなるのかを考え、複数のコースを立案しました。その中で最も実現できる可能性が高いコースを選んで実装しています。リソースを投入できれば、もっとよくなる余地はあります」(渡里氏)。
緒方氏は「よく一発でうまくいったよね」と振り返る。渡里氏は「動いたのはイベント前日の設営の最中だった」と明かす。
最短コースの開発ながら、学習データを独自に蓄積
コミュニケーションAIの内部動作にも触れておこう。特に重要な処理は2系統ある。(1)学習済みモデルによるユーザーの表情の認識(性格分類)と、(2)シナリオデータと性格分類に基づく多彩な対話処理だ。ユーザーの表情から読み取った第一印象としての性格分類に基づいて、会話の内容、質問の内容を選んでいく。大きな特徴は、表情を読み、CGキャラクターがモーションで反応する“ノンバーバル・コミュニケーション”(非言語コミュニケーション)を取り入れていることだ。こうした工夫により、ユーザーから見ればある種の個性を持ったAIに見えるはずだと考えた。
性格分類のために、機械学習により「顔の表情」と「性格」を結びつけた学習済モデルを利用している。前述のように自前のデータにこだわり、既存のデータセットを使うアプローチは採っていない。
コミュニケーションAIがユーザーと対話するとき、実際に行っている処理の流れは次のようになる。ユーザーの表情をとらえた画像に画像処理を施してデータ量を圧縮し、特徴量を抽出、さらに主成分分析により特徴量の次元数を削減(と聞くと難しく聞こえるかもしれないが、おおざっぱに説明するなら認識で使うパラメータの数を絞りこむことに相当する)、学習済みモデルを使って表情から読み取った性格を分類する。この分類により「第一印象」としてのユーザーの性格を決める。
次に、用意した「シナリオデータ」と表情の認識で得た「第一印象」を使ってユーザーと対話する。ここでは、キャラクター側は音声合成を使い、ユーザー側はキーボードの「y/n」キーで回答する。騒音が激しいイベント会場での会話を想定した仕組みだ。対話内容に基づき「対話後の印象」を決める。それが記事冒頭で紹介した「最初はつれないと思ったけど、話してみると几帳面な感じで、論理的な感じ」という感想に結びついた訳だ。
大きな課題は、対話のためのアバターとして登場するCGキャラクターをどうするかだった。新たなキャラクターを創造するのは費用もかかるし、第一時間がない。再利用可能なキャラクターを「死にものぐるいで探し回った」(緒方氏)。その結果選んだのが「鷺宮カノ」だ。
鷺宮カノは、中野区応援キャラクター中野シスターズの“妹”にあたる。キャラクターデザインやグラフィック制作を本業とするガミングが制作した。商用利用可、報告不要、3Dモデル無料配布、改変可、二次創作可、ライセンスロゴ表示不要という、実に“ゆるい”条件で公開されている。コミュニケーションAIの能力が、この鷺宮カノに命を吹き込む形となった。
イベント出展で大きな反響
反響はどうだったか。
CEDEC 2016でのセッションのタイトルは「『俺の嫁』、人工無能やめるってよ。」。CG少女“鷺宮カノ”をフィーチャーしていること、それに「人工無能」と呼ばれる脈絡のないチャットボットとはひと味違うことを織り込んだタイトルだった。展示ブースでもコミュニケーションAIのデモを実施した。
デモは話題になった。「もともとCEDECには非常に幅広い業界から人が集まっている。その中でどういう人に“刺さったか”を見ると、業種も年代も関係がない」(緒方氏)。コミュニケーションAIは、CG少女のキャラクターを使っている点で男性向けの企画と思われがちだが「デモ展示に来てくれた人の4割が女性だった。『なぜ男性キャラクターはないのか』と言われた」(緒方氏)。このあたりも興味深いところだ。
翔泳社主催の開発者向けイベント「デブサミ2017(Developers Summit 2017 )」のセッションでもコミュニケーションAIを紹介している。ゲーム開発者向けカンファレンスのCEDECと違い、デブサミはエンタープライズ分野やWeb分野の開発者が多い。母集団が異なるイベントなのだが、コミュニケーションAIに興味を持ってくれた人の割合は似通っていたそうだ。
イベント参加で得られた知見のひとつは、今回開発したコミュニケーションAIが“刺さる”人々は、分野、年齢、性別とはあまり相関がない集団だということだ。アンケート回答に記入された属性とは別の、ある種の感受性を持った人々を刺激する何かが、このコミュニケーションAIにはあったのだと考えられる。
緒方氏は「万人受けは刺さらない」と話す。刺さる人々に向けて面白い何かを追求する形で、コミュニケーションAIの可能性を推し進めていく考えだ。現在は、2017年の発表に向けて「次期バージョンの開発」と「新しいコンセプトのAIを企画中」とのことだ。
デブサミ2017の講演の様子をレポートしています。WebARENA backstage(ブログ)はこちら-デブサミ出展レポート
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