PCを使っていたら、ふとマウスポインターが見当たらなくなり、マウスを振り回すことはよくあります。普通なら画面上に悪気もなくひょっこり現れて解決しますが、もし「いつになってもマウスポインターが表示されない」という状況に陥ったら、皆さんならどうしますか?
2016年5月に翔泳社から刊行したプログラマー的思考を養うための『ルビィのぼうけん こんにちは! プログラミング』の主人公・ルビィの解決策はいたって単純。コンピューターの中にマウスポインターを探しに行くことでした。
その冒険の顛末が語られるのが、4月10日(月)に刊行となった第2弾『ルビィのぼうけん コンピューターの国のルビィ』です。著者は、プログラミング教育を推進する世界的な中心人物であり、女性にプログラミングを広めるRails Girlsの創始者の一人でもあるリンダ・リウカスさん。
そして翻訳も第1弾と同じく、Ruby on Rails(RubyによるWeb開発のためのフレームワーク)のプログラミングやワークショップの経験が豊富な鳥井雪さんによるものです。今回、本書について鳥井さんにお話をうかがいました。
第1弾はプログラミング、第2弾はその仕組みについて
『こんにちは! プログラミング』ではプログラマー的な考え方がテーマでしたが、今回の『コンピューターの国のルビィ』ではコンピューターの中身、仕組みについて学ぶことができます。
両者を比べると随分毛色の異なる内容だと感じますが、いずれも現代社会あるいは将来において大切になる知識には違いありません。両者の位置づけについては、どう捉えるといいのでしょうか。
「第1弾の『こんにちは! プログラミング』ではプログラミングそのものがテーマで、コンピューターに命令する方法について学ぶことができました。ルビィも様々な課題を解きながら、どうすればコンピューターと会話できるようになるのかを知っていきます。
第2弾『コンピューターの国のルビィ』ではマウスとマウスポインターという、ハードウェアとソフトウェアの関係がまず見て取れます。ユーザーはマウスを通してコンピューターに命令し、画面上のマウスポインターを動かすわけですが、その間でコンピューターが何をしているのかは、大人でもあまりよく知らない方が多いのではないでしょうか。
本書ではその部分、「魔法の箱」と思われがちなコンピューターの中身について、物語と練習問題で解説しています。要するに、マウスを動かしたりプログラミングで指示したりした命令を、コンピューターがどのように処理し、実行しているのかのイメージが持てるようになっています。
ルビィの前にはマウスやCPU、GPU、ラム(RAM)、ディスク(マスストレージ)がコンピューターの部品として登場し、その仕事を教えてくれます。私が最も好きなのは、ルビィがコンピューターの国に着いてまず出会うビットのシーンです。とても美しいですね。コンピューターは、情報の一番小さな単位であるビットを、スイッチのオン・オフで表現します。このシーンではそれが、暗闇で明滅するビットというイメージで表されています」
身近にある家電にもコンピューターが組み込まれている
物語は暇を持て余したルビィが、こっそりお父さんのPCを立ち上げるところから始まります。マウスを動かしてみても、マウスポインターが見当たらないのです。そこでルビィはマウスに連れられて、マウスホイール(USBポート)からコンピューターの国へと落ちていきます。
その先で、モチーフとなった『不思議の国のアリス』と同じように、変わった登場人物たちと次々出会うことになります。ルビィはアリスと同じように、個性豊かなキャラクターたちと、時に問題をふっかけられ、時にたらい回しにされながら、マウスポインターを探す冒険を続けるのです。
アリスと違ってルビィが幸運なのは、出会う人物たちが(基本的には)優しく親切であるということ。すぐに部下の首をはねさせようとする女王も、ニヤニヤ笑いだけ残して消えていくネコも出てきませんし、へんちくりんな会話が繰り広げられるお茶会に参加させられることも、フラミンゴでクロケーをやらされることもありません。
親切さで印象的なのは、マウスポインターを探すには見当違いなハードウェアの国を探索していたルビィに、ソフトウェアの国に行くことを提案してくれるディスクではないでしょうか。
ところで、ルビィはマウスと一緒にマウスポインターを探す冒険に出かけますが、マウス(PC)がない家庭も最近は多いそうです。とりわけ日本ではPCからスマートフォンへのシフトが進んでいるようです。
そんな中でマウスとマウスポインターを主役にして、子どもたちに親近感や共感を覚えてもらえるのでしょうか。
「たしかに、マウスとマウスポインターはPCならではのものです。最近はスマホやタブレットPCのほうが多数派でしょう。ですが、コンピューターの仕組みは同じなんです。つまり、PCであろうとスマホであろうと、中身は同じコンピューターであり、命令に従って処理を行うメカニズムは変わりません。
むしろPCやスマホにさえ限らず、エアコンや電子レンジにもコンピューターは組み込まれています。身近にコンピューターはたくさんあるんですね。マウスとマウスポインターはシンボルであり、コンピューターに興味を持ってもらうきっかけの一つなんです」
鳥井さんの言うように、ネズミを模したキャラクターのマウスには、インターフェイスとしてのマウスを知らなくても感じられる魅力があります。
コンピューターの仕組みを知る意義
ここで疑問が浮かびます。第1作でフォーカスの当たっていた「プログラマーのように考えられるようになること」は、物事を整理して論理的に思考することで、的確に課題に取り組めるようになるというわかりやすいメリットがあります。しかし、今回の第2作でそもそもコンピューターの中身を知ることにはどんないいことがあるのでしょうか。
「プログラミング教育には、論理的思考を養う、創造性を形にする手段を身につけるなど、さまざまな目標があります。では、本書を読んで身につくものは何でしょうか。私は、「コンピューターへの適切な想像力」だと思います。今現在も、そしてこれからはますます、世の中でコンピューターが活用される部分は大きくなっていきます。コンピューターを「ただそこにある理解しがたいもの」としてコンピューターに指示される立場でいるのは、とても窮屈なことでしょう。
コンピューターの仕組みを知ることで、コンピューターを使った、新しい発想を生み出すことができます。知識によって、のっぺりした白い箱や暗闇で光る不気味なセンサーが自分たちの世界を変えてゆける豊かなイマジネーションの対象になるんです。この本は、コンピューターの仕組みのイメージを、美しい絵とストーリーによって与えてくれます。これからの時代を豊かに生きるための基礎教養として、本書に親しんでもらえたら嬉しいです」
大人になると「それを学ぶことでどんないいことがあるのか」という視点で考えがちです。しかし、子どもたちはそんなことを思う間もなく次々に「なんで?」と疑問を投げかけ、知ろうとします。楽しそう、わくわくする――そんな純粋な好奇心です。
身近にコンピューターがあれば、当然そこにも無限の泉のごとき疑問が湧き出てくるでしょう。大人でも適切に答えることが難しい場面もありそうです。そんなとき、子どもと一緒に本書を読めば、親子で知識を深めていけるでしょう。
また、本書はコンピューターのことを学べるにもかかわらず、コンピューターを使わなくてもいいということが特徴です。
「本書の対象は、おおよそ小学校入学前後の子どもたちです。プログラミング教育が盛んになってきましたが、子供の最初のつまづきになりやすいのがタイピングです。PCのない家庭も多く、キーボードに触れる機会がない、まだ英語とローマ字の知識がないなど、苦手とする子どもが多いのです。
ScratchやViscuitなど低年齢向けの教育に適したグラフィカルな言語もありますが、本書ではタイピングどころかコンピューター自体も必要なく、練習問題(ワークショップ)も考えることが中心です。とはいえ、いちおう日本版独自にローマ字表をつけることで、次のステップへの橋渡しにもなるよう工夫をしています」
バイナリで自分の名前を書いてみる
ルビィのお話を読み終わったあと、さらに理解を深めるための工夫が、本書広範に収録されている26問の練習問題です。鳥井さんに、気になるものを教えていただきました。
「れんしゅう11「すごい入力/出力装置」は入力と出力の間で何が行われているかをイラストで解説し、そのあと具体的な例で考えてみる問題です。ワープロアプリで物語を書くという入力を、プリンターに送れという処理する。すると、出力としてどんな結果になるでしょうか。
あるいは、庭に明るさセンサーとしめりけセンサーを設置したとき、どんな出力がなされるか(どんな役に立つか)、どんな処理が行われるかを考える問題があります。
れんしゅう21「コンピューターみたいに書いてみよう」は、0と1のバイナリで自分の名前を書いてみる問題です。AからZまでのバイナリ対応表があるので、まず自分の名前をアルファベットに変換してから、バイナリに変換します。
れんしゅう24「これからのコンピューター」は、子どもたちの想像力を広げる問題です。様々な道具とセンターを一つずつ組み合わせて、どんな新しいコンピューターができるかを考えます。
もちろんどの問題もコンピューターは必要なく、本書があれば実践できます。ぜひ保護者の方も一緒に取り組んでみてください」
主体的にコンピューターと関わって生きていくために
リンダさんは今、『ルビィのぼうけん』第3弾、第4弾の構想を練っているそうです。どちらもコンピューターがあふれる社会を生きていくのに必要な教養がテーマとのことで、楽しみですね。
最後に、鳥井さんからメッセージをいただきました。
「子どもたちがコンピューターに触れることに関して、今の親世代が子どもだった頃とはまったく違う状況が生まれています。それはとても可能性にあふれた世界ですが、その可能性を実りある結果にするためには知識が必要です。本書はそれを身につけるための一助となります。
子どもたち、あるいは大人にしても、AIなどについて支配されるのではないかという恐怖感、無力感もあるかもしれません。しかし、知識に基づいたイメージを持つことでそれを克服すれば、適切な距離感でコンピューターと付き合うことができるようになります。本書の中でも、コンピューターが得意なことと人間が得意なことの差が取り上げられます。両者の得意なことを組み合わせて、新しい可能性の扉をノックしてみましょう。
できれば第1作の『こんにちは! プログラミング』のほうから読んで、そのあと本書を読んでみてください。プログラミングとコンピューターについて、相互に関連する有機的なイメージを持つことができると思います。もちろん、どちらかだけでも十分楽しめます。『ルビィのぼうけん』は自分自身が主体的にコンピューターと関わって生きていく心と姿勢を養うための基礎となる本です」