子どものころの感動がエンジニアを続ける原動力に
泉雄介氏は長野県出身。中学生から大学生までをニューヨーク・ボストンで過ごす。アメリカの音大を卒業後、日本に帰国して作曲家となり、Flash MovieやWebアニメーションの制作、動的コンテンツ生成を経てエンジニアの道を歩み始めた。エンジニアと名乗るようになった後も、起業したり、金融やゲームの会社でサービスを立ち上げたり、さまざまな経験をしてきた。現在はネット印刷やネット配送の事業を展開するラクスルにて、シェアリングプラットフォームの構築に携わっている。
「誰から見てもジグザグなキャリアを持つ自分が『幸せなエンジニアのキャリアの組み立て方』と題して講演を行うのは大それたように感じられるかもしれません。しかし、さまざまな技術領域が広がり、働き方も多様で画一的なキャリアがあるわけではない中、本当の幸せや仕事の喜びについて考えることは大切なこと。20年間どういったことが楽しくて続けてきたのか。なぜこの道を選んだのか。今回のデブサミのテーマも『Share your fun』ということで、何らかのヒントになればと思います」
そんな泉氏がエンジニアへの道に至った原点は子ども時代のPC体験だ。IBMの「the PC」を触ってショックを受け、興奮したという。想像したことが実現でき、自分がインプットしたものに何らかの変換がなされてアウトプットとなる。人間がPCと対話することで可能性が広がっていく感動は、現在も持ち続けているという。
そして、次なる衝撃としてインターネットの登場を挙げた。当時は常時接続でなかったものの、それでも世界とつながる実感があった。1992年ごろにはすでに電子掲示板が存在しており、自身が作成したプログラムが外に出せる驚き。そこを通じて坂本龍一氏にファンレターを送ったところ、個人名のメールで返信があったというコミュニケーション体験にも感動したと話す。
「当時、神様のように思っていた人と直接つながれたことに興奮し、加えて自分一人でも世界に発信できることに衝撃を受けました。物理の世界では、モノを作って人々に届けるには相当な資本や時間が必要となります。しかしインターネットの世界なら、一人の力で世界に届けられます。それがエンジニアリングの世界にのめり込むきっかけとなり、同時に続けていく原動力になったように思います」
テクノロジーを通じて世界を変えたい!
自分の創造性を発揮して何かを作り出し、誰かに共有してつながる喜び。そんな純粋なワクワクした感動も、「たまに忘れてしまうことがあった」と泉氏は振り返る。それは起業し、受託開発の事業を行っていたときのこと。クライアントの先にユーザーのことを想像しながらも目の前の作業に没頭してしまい、「開発の目的すら見失うこともあった」と語る。
「やっぱり自分が作りたいものを作りたい。それも『作っておしまい』ではなく、インターネットを通じて遠く離れた人の世界を変えたいというのが原動力です。しかし忙しさや、事業の構造的な問題でユーザーの反応が直接見えなくなったこともあり、エンジニアとしてやる意味を感じなくなってしまいました」
そうした経験を経て、泉氏は「どんな世界を作るかは人任せにしてはいけない」と強く感じた。そして「この感覚は多くの人に通じることなのではないでしょうか」と話す。実際、サービスを作って事業化したり、休日に好きなものを趣味として作ったり……「自分自身で考えたものを作ることは楽しい」と感じるエンジニアは多いはずだ。
しかし、仕事としてエンジニアの楽しさを考え、継続していくにはどうすればいいのか。泉氏は「その会社が目指す事業を理解し、大切にしていることを知った上で入社することが重要」と指摘する。
泉氏自身も、ラクスルの「大切にしていること」に共感したことが入社の決め手になったという。同社では行動規範として「REALITY」「SYSTEM」「COOPERATION」の3つを掲げている。
会社が大切にすることに共感できるか
まず「REALITY」は、現場やユーザーを徹底的に理解することに時間を割き、「自分たちが幸せにしたい人」の現場と課題を共有することだ。泉氏はチームメンバーに対し、現場に同行してもらったり、当事者と話をさせたり、写真を撮影して見せたりといったことを意識して行っている。
「課題を解決できない、役に立たないものを作るのは双方にとって不幸なことです。事業的に価値がないだけでなく、エンジニアにとってもつまらないでしょう」
そして「SYSTEM」は、力技ではなく仕組みで解決すること。課題解決の際は「とにかく人を増やしてがんばろう」と人海戦術をとり、精神論的な話に陥りがちだ。だが技術を使い、一人ひとりの生産性を上げることができるのではないか。それを考えるのがエンジニアの醍醐味とも言える。
3つ目「COOPERATION」は「誰か一人ではなく、チームで考える」だ。一人でできることにはどうしても限界がある。そこでラクスルでは、チーム開発を基本とし、ディスカッションをしながら進めることを重要視している。ここで大切になるのが、「似ている人同士が集まるのではなく、多種多能を混ぜ、いろいろな視点を入れること」だ。
例えば、ラクスルの協働の場である「デザインスタジオ」では、ビジネスアーキテクトやプロダクトマネジャー、デザイナー、エンジニアが同じ場に集う。そして、課題を共有しながら解決策をディスカッションし、実現方法を見いだしていく。また、プログラミングについても数人で集中してディスカッションしながら進める、モブプログラミングの手法をとることがある。
一方、半年に1回開催される「ハックウイーク」では、事業を止めて1週間ほどかけ、自分たちがやりたいことを開発する。ここでも、立場を越えた多様なメンバーが集まり物事を決めていく。
ラクスルにおけるこの3つの行動規範は、ソフトウェア開発業務のときだけでなく、一人ひとり仕事をする、広い意味での自己実現のドライバーになっている。
最後に泉氏は「『想像する世界を作りたい』という思いと、それを実現できることがエンジニアの醍醐味であり、キャリアを築く上での源泉となることは間違いありません」と改めて語った。それを端的に伝える言葉としてピーター・ドラッカーの「未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ」という言葉を紹介し、セッションを締めくくった。
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