- 講演資料:少量データで軽量な機械学習の手法について
なぜリザーバコンピューティングが必要なのか
リザーバコンピューティングとは、レーザーの波長や波動く水面など、ダイナミクス(ノイズソース)を持つさまざまな物質を利用したコンピューティングのこと。QuantumCoreでは、そのリザーバコンピューティングを活用した次世代多変量時系列処理(RNN:Recurrent Neural Network)ソリューションを提供している。
自然言語処理をバックグラウンドに持つ秋吉氏が2018年4月に創業した同社だが、独自のリザーバコンピューティング技術「Qore(コア、国際特許化中)」を武器に、2019年7月には約1億6000万円の資金調達に成功している。
秋吉氏は、深層学習とリザーバコンピューティングを比較しながら、リザーバコンピューティングが持つ特徴を次のように解説した。
簡単かつ高精度
リザーバコンピューティングは、深層学習で必要なビッグデータが不要だ。少ないデータで簡単に時系列処理が可能であるほか、従来型LSTMの処理よりも高い精度を出すことができる。例えば、9人分の話者分類を行うと、深層学習では92.4%の精度だったのに対し、リザーバコンピューティングでは99.2%の精度を実現できた。
とにかく速い
深層学習とは異なる独自の方法で多変量時系列処理を行った結果、深層学習ではGPU2枚挿しで120.5秒かかったところ、リザーバコンピューティングは1.8秒しかかからなかった。しかもQuantumCoreの技術は非常に軽量なため、AWSのマイクロインスタンスでも動くのが特徴だ。
安価
リザーバコンピューティングに高価なGPUはいらない。QuantumCoreが提供する従量課金制のAPIを使えば、深層学習よりも圧倒的に安価で活用することができる。
「リザーバコンピューティングの技術は、元々、複雑系力学という物理学の分野で90年代から研究されてきたもの。当社には技術顧問として、東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 教授の池上高志氏と、はこだて未来大学 複雑系知能学科 准教授の香取勇一氏の両名に入っていただいている」(秋吉氏)
AIは本当に万能か?
機械学習といえば「ビッグデータを集めて、データを整理した上で、モデルを作る」のが今の主流であり、2030年には国内のAI市場は2兆円を超えるともいわれるほどである。しかし、AI関連の実証実験を行ってみると、だいたい以下のような壁にぶつかる、と秋吉氏は指摘する。
量の問題
- データが整備されていない
- データが足りない
- データはこれから
- ビッグデータがあるつもり(でも使えない)
質の問題
- データクレンジング…ノイズまみれ
- データの偏り…AとBのクラスは十分だが、 Cのデータが不足している
「各社が描く図は、だいたい同じ。IoT端末やセンサ・フュージョン、アプリのデータなど、さまざまなデータをデータプラットフォームに集約して、解析した結果から新たな価値を生み出そうというものだ。しかし、目的となるデータは本当にビッグデータの中にあるのだろうか。ユースケースがかなり絞られている懸念もある。
加えて、特徴量から個別に設計された特化型モデル以外では、AIが実用化されている領域は、画像認識や音声認識に限られている。GAFAが得意とし、大規模なモデルを作って全人類に仕組みを適用する、ハイカロリーなことを考えているのであればいいが、普通の企業が手を出すには、いささか無理があるのではないか」と秋吉氏は疑問を呈する。
ここで秋吉氏は、X軸に「バッチ処理」と「リアルタイム」Y軸に「ビッグデータ」と「パーソナル/少数データ」を取った4象限マトリックスを示した。「左下の『深層学習』の領域は、GAFAがやっているところ。左上の『旧来特化型システム中心』の領域は、各現場でどうにか対応されてきたところではないでしょうか。では、右上の『少数データ×リアルタイム学習』の領域に、何か大きなプロダクトはあるでしょうか? 今のAIブームの話題では登場してこなかったところです」。
では、まだプレイヤーがほとんどいない「少数データ×リアルタイム学習」の領域では、どういったユースケースが考えられるだろうか。秋吉氏は、次のような例を挙げた。
個人に合わせる必要がある分野
- ヘルスケア機器
- 会議議事録システム
環境に合わせる必要がある分野
- 環境変化やセンサ劣化が発生する製造分野での異常検知
- 判断したいものが変わる分野
- トレンドや環境変化を伴う予測(回帰)
「こうしたキャリブレーションが必要になる領域を、従来型の深層学習で解決しようとすると思い悩むことになるが、リザーバコンピューティングを活用した時系列処理技術であれば、一定のノウハウは必要としながらも、ソフトウェアで簡単に実装することができる。非常に軽量なので、パーソナルヘルスケア機器やAIスピーカー、スマートフォンやRaspberry Piのようなマイコンにも組み込むことが可能だ」と述べる。
リザーバコンピューティングが優位性を発揮する分野とは
QuantumCoreが得意とするのは、自然現象や物体伝達など複雑な時系列問題だ。例えば、振動を分析する際に、「空中を経由する波形」「表層を経由する波形」「物体を経由する波形」は干渉物によって異なるが、センサから出力されるデータはすべてまとまってしまう。しかし、QuantumCoreの技術を使えば、前処理・リザーバ・判定器の組み合わせによって、リザーバレイヤーを小さく保つことができ、高速な特徴抽出処理が可能となる。
この技術を活用したのが、「Qoreシリーズ」だ。マイコンへ組み込むための「EdgeQore」と、WebAPI動作のクラウド「WebQore」が提供されており、動作プラットフォームを問わずに活用できる。また、個人での試用も受け付けているそうだ。
「Qoreシリーズ」は、波形データや画像から変換した波形データで、スマートウォッチの加速度データを用いた泳法判定や、振動センサを用いた寝姿勢判定など、幅広く活用することができる。波形データ以外にも深層学習との組み合わせでモーション判定することも可能だ。
現在、さまざまな業界で累計14社とPoCを行っている同社。異常値が少ない工業分野や、プライバシー保護の観点から入力ソースが限られるヘルスケア分野などにおいて、好成績を収めているのだという。
また、ロボットアームの物理現象シミュレーションを深層学習とリザーバコンピューティングで比較したところ、同様の結果が得られたと秋吉氏は述べた。しかし、その処理時間には大きな差が出た。AWSマイクロインスタンスを活用したWebQoreが0.5秒で完了したのに対し、ローカルPCでLSTMでは4時間の処理時間を要したのだ。
最後に、秋吉氏は「リザーバコンピューティングの深層学習に対する利点は、キャリブレーションし続けるユースケースにある。社会実装においては、リザーバコンピューティングそのものの周知が必要であるため、今後もさらなる啓蒙活動に取り組んでいきたい」と語り、講演を締めくくった。
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株式会社QuantumCore